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「悲しいこと言ってないでさ」

同じ日の午前十一時、役員会議室では定例の経営会議が開かれていた。

経営企画部はこの会議では裏方で全員参加だ。資料出しからお茶の用意までなんでもやる。


その会議、いつもは業績のサマリーから入るのだがその日は違った。


「議題に入る前に会長からお話があります」


大内田京太郎――この業界のレジェンドだ。泡沫に過ぎなかったこの会社を財務技術とアイデアで成長させ、自社より大きな会社を買収してのし上げた。そのカリスマ性は本物で、「大内田会長と仕事がしたい」と優秀な学生が毎年何人も集まってくるほどだ。


「楽にしてくれ。こないだ飛行機の中で『ビジネスの達人』の映画を観てさ。よく出来てるんだよこれが。業界3位の会社が劣勢をひっくり返して1位になっちゃう話でね」


何人かが頷いていた。


「それでね、考えたわけよ。映画みたいな大逆転とは言わなくてもさ、うちもこのまま他社の企画パクってずっと3位ってのもどうかと。『お前のアイデアより隣の模倣だ』とか悲しいこと言ってないでさ」


会議室に笑いが起きた。そのセリフが山下の口癖だと知らない者はこの部屋にいない。


山下部長は真っ赤になって俯いた。


「はは……すいません」


「どう?ちょっと上むいて頑張ってみる気ない?お姉ちゃんに踏まれるのは何も言わないからさ」


会議室がさらなる笑い——半分は嘲笑——に包まれた。


山下部長はその日、午後三時に早退。血圧が上がったらしい。



帰りの電車で、俺は理沙に今日の話をした。


「エビちゃん、会議でやられたんだ」


理沙は少しだけ目を伏せた。笑わなかった。


「……大丈夫だった? やりすぎじゃなかった?」


「俺は何もしてないよ。会長が映画を観て、自分で言っただけだ」


「でも、あのネタ、私から出たんだから」


理沙の声は責めてはいなかった。ただ確認するように言った。


「相談して、OKしてくれたじゃないか」


「そうだけど……」


しばらく二人とも黙っていた。

電車が大きな音を立てて駅に滑り込む。


「山下さんがあなたに言ったこと、私は覚えてるよ。全部」


と理沙の目は真剣だ。


「アイデアを横取りされた話も、プレゼンを笑われた話も。だから協力したんだよ」


「ありがとう」


「でも、これで終わりにしようね」


俺は頷いた。


そうだ。これで終わりにする。山下部長への話は、これで十分だ。


次は、もっと大きな話をする番だ。


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