「俺の……個人的な話が出てくるんだ」
映画「ビジネスの達人」は大ヒットした。
リアルなビジネス描写と業界の裏話が相乗効果を生み、「近年稀に見る企業の暗黒面を描いた問題作」との評判。脚本と原案に大きくスポットが当たった。もちろんそこに俺の名前はない。
「某風呂漫画では映画化されても原作料は二百万円だったって。基君、あんなに頑張ったのにそんなことないよね?」
理沙が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫。抜け目なくやってるから安心して」
それは本当だった。俺はちゃんと現場まで行って声を張り上げ、自分の貢献を誰の目にも明らかにしてきた。値切りに来た連中にはきっちり恥を知らせてやった。
「ねえ、ネットで話題になってるよ。『原案者は何者だ?』って」
理沙がまとめサイトを見せてきた。
「大丈夫だよ。公知の事実を元にした話だから。みんなが興味あるのは機密情報よりもうちょっと下世話な話だろ? そんなのどこの業界にも転がってる」
まあ、その「下世話な話」の当の本人たちにとっては相当な機密情報なんだろうが。
そこは俺は、あえて関知しない。あえてだ。
◆
その月曜の朝、山下部長はいつもより早く出社してきた。
自席でコーヒーを飲みながらそれを横目で見る俺。
部長の顔色が悪い。週末に何かあったのだろう。
心当たりは、ある。
「溝口、ちょっと来い」
呼ばれた。俺は立ち上がって部長の席の脇に立った。
「あの映画はいったいどうなっとるんだ。社内の情報が筒抜けじゃないか」
「どうしたんです?映画って、どの映画のどの部分ですか?」
「『ビジネスの達人』とかいう映画だ!業界構造とか企画のパクリあいとか、それから……」
そこで部長は声を落とした。
「俺の……個人的な話が出てくるんだ」
俺は努めて平静な顔を作った。
映画に出てくる「レースクィーンをホテルに呼んでブーツで踏んでもらった部長」の話は、理沙経由の秘書ネットワークから引き出したネタだ。
スポンサーしているレーシングチームがこちらの意向を聞かなかったとかで、当時マーケティング部の課長だった山下課長が怒鳴り込んだらしい。怒鳴り込まれたレーシングチームは態度を急変。「何でもします」と謝罪して、見せた誠意の一つがそれだった……という話。
各方面には内緒のはずだったが、秘書ネットワークというのは広大無辺なのだ。
会社を越えて役員同士のスケジュール調整をする秘書たちは、当然のように会社を越えた情報網を持っている。そして秘書の皆さんも人間だから、会社を越えた愚痴大会を定期的に開催する。理沙はそこで仕入れた話を家で俺に話してくれた。もちろん俺が「映画の原案に使っていいか」と相談した上でのことだ。
「落ち着いてください山下さん。業界構造や企画のパクりあいの話は、毎週どこかの経済誌に書かれていますよ」
「レースクィーンの話はどうなんだ!」
「ああ……それ、山下さんの話でしたか」
「へぷっ! み、見たのか!?」
「うちだけが特別ひどく描かれていたわけでもなかったと思いましたが。他社も似たようなエピソードで溢れていましたし」
「う……そ、そうだったか?」
俺はスマホを取り出して、ネットの掲示板の検索結果を部長に見せた。
「ほらね、こんなに引っかかります。ネットでもとっくに噂になっていた話ですよ。シナリオライターが面白おかしく仕立てただけじゃないですかね」
掲示板に書き込んだのは俺だ。人、これをマッチポンプと呼ぶ。
山下部長はしばらく考え込み、それから真顔に戻った。さすが役員候補と言われた男は切り替えが早い。
「とりあえず、レースクィーンの話は忘れろ。業務命令だ」
「了解です」
部長は自分の席に戻った。俺も神妙な面持ちで自分の席に戻る。
コーヒーはすっかり冷めていたが、今頃部長の腹は煮えくり返っているだろう。




