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頭の中のめでたさも相変わらずでして…

 うちの会社は悪く言えばバカ、良く言えば株主へのリップサービスを怠らない会社だ。


 経営会議で方針が決まった一週間後にはIRで「3位脱却を目指す」と発表してしまった。こっそりやってりゃいいのにこういうときだけええカッコしいなのは会長直伝の劇場型経営の手法に則っているからか。

 TVCMなどでも自嘲気味に「今後は上を目指します」と言い出したものだから、大半の人はそれが映画に便乗した自虐ギャグか何かだと思っているらしい。まあ、真面目に青筋立ててアピールされても困るよな、そんなこと。


「へえ、じゃあ全社号令の下、業界3位脱却の動きになったんですか?そりゃめでたいじゃないですか」


「まあ、めでたいのはめでたいんですが、頭の中のめでたさも相変わらずでして…」


 沢渡さんとは映画以来頻繁にやりとりをするようになっている。「ビジ達」の映画の続編制作が決まって、また原案の依頼が来たのと、週刊マンガの方にも監修として参加することが編集部で認められたからだ。


「?…どういう意味ですか?」


「沢渡さんのマンガが今のように大人気なのも、あの日徹底的に売れない理由の分析と対策を話し合ったからですよね?」


「ええ、まあそうですが…」


 3時間以上も自分のマンガの欠点をを聞き続けた沢渡さんの向上心と忍耐力は、今でも二人の間で語り草になっている。


「でも本当に大事だったのはマンガとして面白いものを描く実力が沢渡さんにあったからですよ」


「はは、なんだかこそばゆいですね」


「『3位を抜けるぞ』『1位になるぞ』と叫ぶのと、実際に1位になるのとでは必要な実力に天と地ほども開きがある。うちの会社はまだ売れたいと叫ぶだけで何もしていないんですよ。仮に必要な市場分析から戦略立案まで出来たとしても実行力がないんです。うちの経営陣はそれを分かっていたから今まで隣の模倣を続けてたんですよ」


「そうなんですか?会社としてやれる準備が固まったから発表したんじゃなかったんですか?」


「そんな会社なら今現在でももう少しマシな会社になっているはずですよ」


 今のウチの会社は下っ端経営者がカリスマ経営者のモノマネをして、号令さえかければ下がなんとかすると思ってる馬鹿ばっかりだ。なぜそんな馬鹿が経営層にいるのかについては諸説あるが、十年ほど前の爆発的な市場成期の実績を、時代のせいではなく自分の実力のおかげだと言い張っている役員は俺も知っている。


「企業の戦力とはヒト・モノ・カネと目に見えない経営資源、と言われています。この、目に見えない経営資源というのはだいたいはヒトに紐づくものです。一番数値化出来ないのもヒトですよね。市場を切り開いてきた一番手あちらさんと、成長市場に乗っかってベンダーにオイコラって言ってれば勝手に成長できたフォロワーの三番手うちでは中のヒトの経験値がまるっきり違います」


「その違いを読み違えてしまったんですか? 溝口さんの会社の経営者が?」


「噂では会長が『ビジ達』の映画を見たから、と言われてますがね。あははは…はあ」


「マジですか! それは光栄なような残念なような……」


「そんなアホな連中が映画のマネをしたらどうなるかってことです」


 井の中の蛙大海を知らず、という諺がある。しかし、大海を知らなかっただけで、もしかしたら大海を泳ぎきれる蛙は井戸の中にいたかもしれない。

 はっきりしているのは、今のウチの会社は泳ぎきれるほうの蛙じゃないってことだ。市場もそれは理解しているだろう。なにせ自分達がなぜ3位なのかの分析もないまま公然と1位と2位に喧嘩を売ったのだから。

 そういう分析作業は明日から始まるのかもしれないが……俺はそういう作業をずっと続けてきたのに誰にも聞いてもらえなかった。部長を始めとした連中が今さら聞き始めるとも思えないが果たして……。


「まあ、これからしばらくは面白いことになりそうですよ。映画の原作者としても興味は尽きませんね」


「はは、楽しみにしていますが、程々にしてくださいよ」



 お手並み拝見と行こう。


◆◆◆◆◆


 シェアを伸ばすために攻撃に転じたウチの会社は今までやってこなかった新しい企画を次々と打ち立てては、中途半端な状態での発表を繰り返した。産学連携プロジェクトにオープンイノベーション構想、社内のアイデアコンペの入賞作の事業化に学生を集めた起業支援活動などだ。

 形ばかりだが研究所も作り、外部の権威をアドバイザーに据えるなど、発表を見る限りでは業界内部の人間に「3位を脱却するって本気だったのか」と思わせるほどその内容は充実していた。


 しかし、ウチの会社はそもそもが成長市場に運良く乗っかっただけのラッキー企業だ。そこに乗っかる判断をしたカリスマ会長は大したものだが、その後の成長を自分達の実力だと勘違いしている雇われ役員どもが発表以外に何をしていたかと言うと、どいつもこいつも「発表したんだからなんとか実現しろ、何か見栄えの良い進捗を出せ」と部下に向かって言い続けるだけ。具体的な指示など小指ほども飛んでこない。


 この手のアホ役員が「カネは無いがなんとかしろ」などと無茶を言うのも日常茶飯事で、4ヶ月も経つとバカな上司とアホの部下達に挟まれた中間管理職は軒並み胃や神経をやられていった。

 そもそも、長いこと隣の模倣しかしてこなかった連中がいきなりアイデアマンになれと言われてなれると思う方がどうかしている。


「部長!産学連携先の大学が『成果物は論文だ』とか言ってます!どうしましょう?」


「このサービスのゴールはこのような世界の実現ですが、まずはフェーズ1としてこの範囲に取り組むってことでいいですよね?」


 慣れない新規企画の進捗を管理する経営企画部と企画管理部はいつも阿鼻叫喚の有様だ。IRの場や記者会見では大言壮語を並べて企画を発表するものの、実現叶わず小規模での実装になった時の言葉「フェーズ1」「ステージング」「PoC」が幅を効かせ、半年もすればウチの会社は「フェーズ1を語らせたら日本最強」「一番手だけ狙い」とか「インパクト狙い」「見掛け倒し」と嫌味を言われるようになっていった。


「ねえ基君、うちの会社ってなんでも『これに手を着けたのはウチが世界初です』みたいな言い方するけど、それって効果あるの?」


「うーん……投資家向けには多少効果はあるかもしれないけど、ビジネスの世界では実はあまり効果はないね。『最初に成功したのはウチです』ならいいけど、そうでないならただの失敗事例にしかならないからさ。韓国には『パリパリ文化』ってのがあってさ。巧遅より拙速を好む文化なんだけど、うちもそんな感じだよ」


 会長の大内田京太郎は併合時代のあちらの出身だと何かで読んだことがある。それでだろうか。あ、これもネタになるかもな。沢渡さんに送っておかないと。


◆◆◆◆◆


「ふぅ……。最近やたら忙しいのに業績はあんまり上がらないなあ」


 次長の上田さんが長い溜息をついて呟いた。それは最近、会社の中で大抵の社員が薄々感じていはいるが口に出さなかったことだ。


「そうだな。オリジナル企画は失敗や尻すぼみも多いし、ちょっとうまく行きそうだとすぐにお隣がパクってくるしなあ」


 山下部長は相変わらず、俯瞰的にモノを見すぎていてそれが自分の足元についた火だと言うことに気がついてない。


「僕ら下っ端はやたら企画が提出されてきてチェックするのも一苦労ですよ。大抵はフィジビリティ・スタディが楽観的だったり事業計画がお花畑だったりで、人材育成の必要性を強く感じますね」


「世間の評判はいいですよ? CM好感度とかは随分上がってます。長年使い続けていたあの女優さん切って正解でしたね」


 俺も現場復帰というか、職場のつらい立場からは一旦解放されてこの手の会話に混じれるようになった。実務に強い人間を繁忙時に遊ばせておくのは間違いなので、この場合の山下部長の判断は正しい。


「まあ、もう少し頑張ってみたら先も見えるかもな」


「懸念もあります。世間様の評判はともかく株式市場の評判はさほど良くないってことですね。IRでの大言壮語を真に受けた投資家達の失望からでしょうか。株価は結構下がってます」


 実際、ウチの会社の株価はこの3週間ほどで3割も下がっていた。そういうことが今までなかったわけではないが、他社の株価が軒並み現状維持か上昇しているだけにウチの株価の下落は目立つ。業界が、とか株式市場全体が、といった言い訳が出来ないからだ。


「経営会議でも問題になってるよ…株価は。それまで綺麗に株式市場の指標に追随してたウチの株価が今は見る影もないってさ。資金調達も前より難しくなってるらしい」


 山下部長が困った顔をしていた。この人は困るだけでそれ以上の事はしない。というか、この会社のシステム上、本部長以上でないとほぼ会社の方針に関わる何かを提案できないのだ。

 本部長が考えた小学生の夏休みの宿題みたいなアイデアがうやうやしく重要案件になっていくのに、若手が頭を捻って考えたアイデアはゴミ箱に直行するのがウチの会社の日常だ。なので、これに関しては俺は山下部長を責めることは出来なかった。


「いきなり走り出したんで息切れしたんですかねえ……今までサボってたから。ハハハ」


 大場が冗談交じりに言ったが、本質を突きすぎて冗談になってない。


 それより、そろそろ株価が危険な水準に入る。ウチはアホの寄せ集めだがそこそこの額の黒字は叩き出すくらいには堅い業種だ。こういう美味しい企業の株価が低い水準のままでいると、外資かファンドが買収工作をするリスクも無視できない。




 と、心配していた日から二ヶ月後、業界2位のお隣さんがウチの会社を買収・合併すると発表された。会見の場で、カメラのフラッシュが猛烈に瞬く中、大内田京太郎はしかめっ面で俯き無念さを噛み締めている。それとは対照的に、買収する側の高橋社長はご満悦だ。


「2位の弊社と3位の御社が合わさって、核融合を起こせば凄まじいエネルギーを起こせるはずです! やりましょう! 大内田さん!」


 高橋は大内田に向かってカメラの前で握手を求めた。


「核融合で出るエネルギーってのは、質量欠損分が光になって出るエネルギーですよ……欠損する質量ってのは弊社から出るんですかね……?」


 理系出身の大内田が仕方なく握手に応じた時に悔し紛れに放ったこの言葉のせいで、高橋新社長は「思慮の欠けた発言をする理系音痴な新CEO」とマスコミに叩かれ赤っ恥をかいた。まあ、ご愛嬌だ。


 業界2位と3位の大型吸収合併は大きな混乱もなく比較的スムーズに落着し、合併後の新会社は業界で1位になった。俺達の給料は平均で150万円ほども上がり、少なくとも幹部社員でない者達はこの合併に感謝したのは言うまでもない。


「3位脱却おめでとう。すごい手段で脱却したね」


 各方面から皮肉の利いた祝いの言葉が届いたが、そんな皮肉すら笑ってスルーできるくらい皆嬉しそうだ。




 欠損分の質量になる人達は別だが。

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