「大丈夫なんかこの状況……?」
四ヶ月後、沢渡さんの漫画「ビジネスの達人」は職場で話題になっていた。
「溝口さんもそれ読んでるんですか?モーヤンの『ビジ達』」
休憩室で後輩の大場が目を輝かせて話しかけてきた。普段は漫画の話など一切しない男だ。
「ああ、最近な」
「面白いですよね。タイムリーだしスピーディだし。単行本全巻古本屋で買っちゃいましたよ。溝口さん、SWOT分析とかPPM分析って知ってます? 俺、マンガで初めて知りました」
「お前、経営企画部に何年いるんだ……」
沢渡さんとあの夜に話してから四ヶ月。「ビジ達」は三週連続でモーヤングの表紙を飾り、カラーページで作者と財界人の対談まで載るようになっていた。
駅の構内にポスターが貼られ、毎週のように広告が電車に吊られている。
「まず、言葉の定義から行きましょうか」という作中の台詞は今年の流行語大賞の候補にまでなってしまった。
「大丈夫なんかこの状況……?」
吊り広告を見るたびにそういう気分になる。
居酒屋でクダを巻きながら話したことの結果にしては、結果が大きすぎるのだ。
もちろん、俺の話を漫画に落とす沢渡さんの実力あっての話だが――
「……ここまでの作品が描ける人だったのだから成功は当然か」
俺はそれを羨ましく思いながらも、大いに喜んでいた。
◆
そんなある日の午後、俺は経営企画部の戦略策定会議でプレゼンをする時間をもらっていた。
「というわけで、市場全体の傾向は転換期特有の特徴を示しており、我が社の有効な戦略オプションは次の三つです……」
渾身のプレゼンを始めて七分。山下部長の顔がだんだん曇り始めた。
「小難しい話が多くてさっぱりわからん」
「今期の彼の評価は考えないとですね。そういえば最近、ビジネス理論を振りかざす漫画が流行っているとか……?」
部長と次長が、プレゼンの内容から俺自身へと話題を移していくのが分かった。
「若いものは何にでも感化されますからね。困ったもんだ」
二人は困っているというよりは、むしろ呆れている、という顔で俺の顔を見る。
「あー、溝口君。ありがとう。もういいわ。ちょっとね、緊急の会議が入っちゃってね」
「え、あの……?」
会議室に一人残された俺は、怒りと情けなさと、それ以外のよく分からない感情が混ざり合ってしばらく動けない。
「漫画の受け売りを聞かされても困る、か……ちがう。漫画が俺の受け売りをしているんじゃないか、クソッ」
俺はスマホを取り出して、沢渡さんに電話をかけた。




