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「お前のアイデアより隣の模倣」

一九九九年。世紀末だなんだと騒がれていたが、俺の職場はそんな終末感よりずっと地味にクソだった。


エピソード1「お前のアイデアより隣の模倣だ」


その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かがぷつりと切れた。


「次の会議、議題がないからこのプレゼンの3ページ目から7ページまでと11ページ目を削って俺の案として出しといてくれ。頼んだぞ」


山下部長はそう言いながら、すでに俺の方を見ていなかった。



話を整理しよう。

俺の名前は溝口基、三十一歳。会社の経営企画部に所属している。MBAも持っている。自分で言うのもなんだが、仕事はできる方だと思う。


四日前、社内イントラのバナーに「改善アイデア募集」という文字を見つけた。

俺は本気で考えた。市場データを引っ張り、競合他社の動向を分析して、三つのプランを組み立てた。パワポは十八ページ。図表に手を抜かず、数字の根拠もきちんとつけた。

応募フォームに送信した時には、珍しく達成感というものを感じていた。

そして今日、山下部長に呼ばれて説教を三十分食らった挙げ句の、冒頭のセリフだ。


要するに、「社内改善アイデア募集」は不満分子を炙り出すための罠で、引っかかった俺は叱責を受け、ついでに俺が作ったパワポは部長の手柄として会議で使われる。

そういうことらしい。


「山下部長……一つだけ聞かせてもらえますか」


「なんだ」


「このアイデア、どこが気に入らなかったんですか。内容の話です」


部長の眉が一瞬だけ動いた。


「お前のアイデアより隣の模倣だ。その方がリスクが少ない」


いつもの山下部長の口癖だ。

他社がやっていないことはやらない。他社がやり始めたらすぐ追う。それが彼の経営哲学の全てだ。

彼は社内では「エビ」と呼ばれている。後ろ向きにしか動かないからだ。


「わかりました」


俺はいつもより少々乱暴に扉を締めて会議室を出た。



「また エビちゃんとやりあったんだって?」


帰りの電車の中、隣に座った理沙が声をひそめて言った。

水上理沙、二十八歳、うちの会社の役員秘書。ショートボブで、俺より三つ年下で、三ヶ月前から同棲している。


「やりあったっていうほどのもんじゃない。一方的に踏みにじられただけだ」


「……凹んでるじゃない」


「凹んでない」


「顔に出てるよ」


俺は黙って膝の上のモーヤングを開いた。週に一度の楽しみだ。家には理沙との取り決めで漫画を持ち込めないので、電車の中だけが読む時間になっている。


しばらくページをめくっていると、視線を感じた。

右隣。さっきから俺のモーヤングをじっと見ている男がいる。

四十代くらいだろうか。ポロシャツに綿パン、少し場違いな帽子。勤め人ではなさそうだ。

読みたそうにしているが声はかけてこない。


最寄り駅に着く直前、俺は読み終わった雑誌を閉じてその男に差し出した。


「よかったらどうぞ。どうせ捨てるんで」


男は驚いた顔をして、それでも受け取った。


理沙と一緒に電車を降りる。

改札を抜けて、駅前の飲み屋の看板が途切れかけたところで、後ろから声がかかった。


「あの、すいません」


さっきの男だった。完全な不審人物だ。ポケットの中のスマホを探す。

男は鞄をごそごそやって名刺入れを取り出し、一枚ずつ俺と理沙に渡した。


漫画家 沢渡しげや



「!」


俺が今まで読んでいた雑誌に連載している人じゃないか。


「えーと……何か俺に話があるんですか?」


沢渡さんはぺこりと頭を下げた。


「実は、お願いがありまして」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 取り敢えず投下。一話読んだところですが、展開に期待。 [気になる点] --  視線を感じて数分後、自宅の最寄駅に電車が着いたと告げるアナウンスが社内に鳴り響いた。 -- 「車内」ですね。 …
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