デート5
腕を組んで呆れたように俺を見据える。
「営業部だったとは言え、工事をしていた会社の人間ですよ。しかも部長です」
「それが何だよ」
「そんな役職に就いていたんですから、ここが遊園地だった頃、お化け屋敷であったと知っていたと考えるのが普通ですよね。もし知らなかったとしても、床板が閉まった時にバネ仕掛けの音は聞こえたでしょう。だったら持ち上げようとして、無理だと分かったら次に仕掛けのスイッチを探すんじゃないでしょうか」
「見つからなくて焦ったんじゃないのか?」
「遊園地側がスイッチを隠す理由がありません。タイミングよく幽霊が現れなかったら客が怖がりませんからね」
「だったら、どうして爪が剥がれるまで床板を引っ掻いたんだ?」
当然の疑問をぶつけると、少し考えるように正午が口を閉じる。
「慌ててたからって言ってしまえば、それまでなんだけど……だからって、ずっと慌ててるってのもおかしな話だろ。息絶えるまでどれぐらい時間があったのか分からないが、何度か押して開かなかったら他の方法を試す筈だろう」
確認した訳じゃないけど、今時なら携帯ぐらい持っているのが普通だろう。営業部の人間だったと言うのなら、逆に持っていないとおかしいぐらいだ。それで助けを呼ぶとか、電波が届いていなかったとしても明かりにはなった筈だ。
床に開いた穴は人が寝そべって入れる程度の小さなものだ。携帯の明かりでも仕掛けのスイッチを探す事は出来ただろう。
それなのに爪が剥がれるまで藻掻き続けた。何故だ。
混乱していたから、慌てていたから。
その一言で済んでしまうと思うのだが、どうにも納得出来ない。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなる。
「……仮説でいいなら」
躊躇うように正午が口を開く。すぐさま、それに頷く。
「まずは僕たちが知っている事実を整理してみましょう」
「ああ」
「ここがお化け屋敷だった事、半年前から幽霊の噂があった事、その所為で野次馬が押しかけ、ここを所有している会社から比与森に依頼があった事。以上が事前に入手していた情報です」
指を三つ上げた正午の話を引き取る。
「ここに来て分かったのは、現場がブルーシートで覆われていた事と各部屋に隠し戸が付いていた事、あと……奥の部屋に死体があるって事か」
「はい。依頼主である建設会社は半年前からここの解体工事を中断していて、僕たちが発見した死体はそこの営業部の部長であり、年齢は三十代後半。電話で聞いた話では、半年前から行方が分からなくなっていたそうです」
半年前から幽霊の目撃談が相次ぎ、同じ頃に営業の部長が失踪していた。偶然か?
首を傾げる俺を見据えて、正午が満足そうに笑みを浮かべる。
「もう分かりますよね?」
そんな、当然と言った顔で同意を求められても困る。
俺は何も分かってないんだから。
「野次馬に目撃された幽霊、その場所で死体が見つかったんです。イコールで繋いでも矛盾はしませんよね」
「飛躍してないか?」
「証拠はありませんから推理とも言えないただの妄想になってしまいますが、整合性はありますよ。さっきの電話で聞いたんですが、ブルーシートを掛けたのは建設会社ではありませんでした。じゃ、誰がそんな事をしたのか。死んだ部長と考えていいでしょう。工事が中断した後、ここにブルーシートを掛けて、夜中にこっそりやって来たものの、床板が上がっていて開いていた穴に落ちて閉じ込められたんですよ」
確かに時期としては同じ半年前だ。でも、正午の話には大きな矛盾がある。
「目撃された幽霊は女だった筈だろ」
床下の穴で死んでいたのはスーツ姿の男だった。いや、腐敗が進んでいた上に一部白骨化していたからハッキリと性別が分かった訳ではない。持ち物や着衣からそう判断したのだが、間違ってはいない筈だ。
「はい。だから二人いたんじゃないかと」
「え?」
そりゃ、一つの心霊スポットに幽霊は一人きりと決まりがある訳ではない。うじゃうじゃいるのは勘弁して欲しいが、花子さんを見る限り幽霊にも自由はあるのだろう。俺より活動的なきらいがあるけど、そこは個性だ。文句を言える筋合いではない。
でも、噂は女の幽霊が出るの一つだけだった筈だ。それなのに、あの部屋にもう一人いたのか?
それなのに俺は見えなかったし、気づかなかったと……?
表情から俺の考えを読み取ったのか、不思議そうに正午が首を傾げて見せる。
自慢じゃないが、俺はビビリだ。幽霊が見える体質と言う事もあって、かなりの怖がりだ。それと同じぐらい気配に敏感でもある。嫌いな人ほど気付くのが早い、それを地で行ってるのが俺だ。そしてビビる、と。
そんな俺が幽霊に気付かなかったと言う事は……ビビリの体質が改善したのではないだろうか。
考えてみれば、それが当然なのだ。
何しろ、背後霊だか何だか知らないがいつも花子さんが傍にいるのだから。
血みどろで旧校舎を這い回っていた花子さんは確かに怖かったけど、今はそうでもない。部屋で勝手にテレビがついても、花子さんだなって気にしないでいられる程度には慣れた。
幽霊に耐性がついたって事か。
ビビリでなくなったのは嬉しいけど、いても気付かないと言うのは余計怖いような気がする。いや、絶対だ。余裕かまして油断してる所で出くわす方が断然怖い。
寝起きに洗面所の鏡で花子さんが背後に立っているのを見た時ですら、ビビって声上げたしな。やっぱ見えない方が厭だし怖いわ。
「部長の死体は死後数ヶ月といったところでしょう。半年も経っていたらもっと腐敗が進んでいる筈ですから。だから目撃された幽霊はもう一つの死体だと思うんですが……」
言葉を選ぶようにそう言って、不思議そうに俺を見つめる。正午の目に仏頂面した俺が写っている。
「もしかして死体が見えてなかったんですか?」
目を丸くして見つめて来る正午に「だから何が」と問い返す。
「何って、死体ですよ」
「スーツ姿の死体なら見たぞ」
床下の穴に落ちて死んでいた男だろ。正午に依頼して来た会社の営業部長だったとか。
「それが見えていたのに、あれは見えてなかったんですか」
心なしか呆れたように正午が呟く。
アレって何の事だ?
死体以外に何かあったか?
「男の死体の下にもう一つ死体があったでしょう?」
は………もう一つ?
鳩が豆鉄砲食らったみたいとは、こういう状態なのだろう。
リアクションどころか表情すら変えられず、ただマジマジと正午の顔を見つめる。
えっと、何言ってんの?
「袋か何かに入れられていたらしく全体は見えませんでしたけど、確かにもう一つ死体がありましたよ」
「あったか……?」
「はい。仰向けになった男の死体に白骨化した腕が絡みついていましたから」
あ、うん。何か変なアクセサリーしてんなって思った。
どう解釈していいものか分からなかったから、ウォレットチェーンかと思ったんだよ。鎖じゃなくて革製の。白い革製品なら古くなって少し変色しててもおかしくないし、表面がカサカサになっててもそんなものかと思うじゃん。
「薬指に指輪をしていたので、死んだ営業部長の奥さんじゃないかと思うんですが」
そんな事までチェックしてたのか。動じないにもほどがあるぞ。
でも、それで俺がウォレットチェーンだと思った理由も納得できた。指輪を見て、無意識に何か金属あるなぁって思ったんだな、きっと。
「飽くまで想像ですが、営業部長が何かの拍子に奥さんを殺してしまい、その死体の処理に困って工事の中断しているここに隠したんじゃないでしょうか。建物全体に掛けられたブルーシートは疚しさの現れですね、死体を隠しているんだから人目につきたくなかったんだと思います」
「余計、目立ってた気がするけど」
「人を殺したんですから正常な精神状態ではなかったんでしょう」
そういうものかな。経験がないから俺には分からない。
お化け屋敷跡に死体があった、それしか情報がないんだから正午の言う『想像』が間違いかどうかなんて分かる筈もない。ただ、気になる点が一つある。
「男の死体に絡みついていたのって指輪をした腕だったんだよな?」
「はい、左腕です」
「で、それは白骨化していたと?」
「はい」
おかしいだろ、それは。
男の死体も腐敗して肉が落ちてはいたが、完全な白骨死体ではなかった。それなのに女の死体だけ白骨化してたのか?




