デート4
何を言うのやら。そう言いたそうに振り返った正午だったが、何か気づいたのだろう、驚いたように目を丸くする。
「そうなんだと思ってましたが……確認はしていません」
だよな。正午にしたって今日初めて来たんだろうから、ブルーシートが掛かっているなんて依頼人から言い出してくれなかったら知る筈がないのだ。
廃墟となった遊園地を建設会社が買い取り新たなリゾート施設を作ろうとしていた。
資金繰りが困難となり、工事は中断。
そして、心霊スポットとなり野次馬がやって来るようになった。
俺たちが知っている事実を箇条書きにしてみると、二番目と三番目の間が随分省略されている事が分かる。
工事が中断したからって、どうして心霊スポットになるんだよ。幽霊が出るって噂はあったらしいが、工事関係者が目撃した訳ではないのだ。野次馬がそう噂しただけ。
どうして野次馬がそんな噂を流したんだ?
俺の学校の旧校舎のように工事を中断させたかったから?
しかし、元からここの工事は資金難という現実的な理由で止まっていたんだ。人を遠ざけたかったなら、そんな噂がなかったら誰も来なかった筈だ。
つまり、その発想が間違っているんだな。
工事関係者も野次馬も、意図的に幽霊の噂を流したのではない。単にここが不気味だったからなのだろう。
そして不気味さの正体は、ここが工事を中断した廃墟である事と思っていい筈だ。
人々で賑わっていた遊園地。それが荒れ果てた廃墟となったのだから、その光景に不気味さを感じるのは普通だろう。だが、ここにはお化け屋敷の他に観覧車も放置されているのだ。どうして幽霊の目撃談がお化け屋敷にしかないのか……その理由はやっぱり意味ありげにブルーシートが掛かっている所為じゃないのか……?
ここは工事現場だし、工事現場ではお馴染みのブルーシートだから違和感はなかった。
だけど、考えてみればここは全て私有地なのだ。見渡す限り、人家は疎か何もない。
粉塵だろうが騒音だろうが、気にする必要などない。それなのにブルーシートが掛かっているのはおかしい。建物全体を包むように掛けてあるのだから、それなりの労力が要っただろう。
そこまでする理由が誰にあるのか。そして、その理由は何なのか。
「明日にでも確認してみます」
正午も同じ疑問に行き当たったのだろう。詳しく話すまでもなく、舌打ちと共にそう答える。
だったら、今日はもう終わりかな。
幽霊がいるかいないかなんて、そう簡単に判断つくものじゃない。いる事を証明するよりも、いない事の証明は難しいのだ。建物は全部見て回ったんだし、他にできる事なんてないだろう。
帰ろうぜ。
そう言いかけた俺の目の前で、正午が最後の病室へと戻って行く。
急にどうした。
慌てて追いかけると、意外な事にこの部屋の窓は全てガラスがはまっていた。
戸が閉まっていたし、もしかしたら心霊スポット巡りに来たバカな連中もこの部屋には入っていないのかも知れない。
驚きから覚めて正午を見ると、壁を叩いて反響を確かめている。他の部屋と同じように隠し戸のチェックをしてるようだ。
その様子を黙って眺めていたが、ふと気がついて声を掛ける。
「その壁にはないだろう」
俺の言葉に正午が怪訝そうに振り返る。
「窓がある」
そう言って目で促すと、納得したように頷く。
裏から回って来た時、こちら側からを通って来たのだ。その時、外側に出っ張りはなかったのだから窓がある以上、こちらの壁には隠し戸はないという事になる。
納得したのか、正午がキョロリと見回す。その目の前を小さなハエが横切る。
奇跡的に残された窓、閉められた戸。
どこから入ったのかと怪訝に思うが、すぐに考え直す。目に見えない隙間なんて、ここは廃墟なんだから幾らでもある。
飛び回るそれを目で追いかけていると、ある一点で止まる。
床だ。
この部屋だけゴミはなく、それでいて悪臭が酷い。床下に何かあるのだ。
「まさかと思うけど、確認してみるとか言わないよな?」
おそるおそる問いかけるが、正午は無言のままハエの止まった床へと足を向ける。
膝を曲げ、手のひらを這わせて床板を探る。
「ありました」
その声と共にカチッと音がして床板の一部が跳ね上がる。ばね仕掛けなのだろう、勢いよく跳ね上がった床板の下から無数のハエが飛び立つ。
特に虫が苦手な訳ではないが、その光景に顔を顰めてしまう。それほどに数が多かったのだ。
「……これは」
小さく呟いた正午の肩口から中を覗き込む。
人が倒れていた。既に息はない。
床板をこじ開けようとしたのか、両手の爪は全て剥がれ、口は叫び声が聞こえそうなほど大きく開いている。
その少し黄ばんだ歯の上をハエが歩いているのだ。生きている筈がない。
それ以上、顔を直視する事が出来ず、意味もなく死んでいる人間の服を見つめる。
至って普通のスーツにネクタイ。何となくだが、中年の中間管理職っぽい感じだ。それなのに開いた上着の隙間から白っぽいウォレットチェーンが覗き見えて、何だかバランスが悪い。ハッキリ言って似合わない。
いやいや、死体のファッションチェックなんかしてる場合じゃないだろ、俺。
「誰なんだ?」
まさかの死体発見に腰を抜かしそうになる。幽霊を見に来て、どうして死体を見つけてしまうんだ。呻き声のように問いかけると、正午が更に大胆な行動に出る。
横たわっている死体の上着に手を突っ込んだのだ。
うわ、やめろ……流石にそれはマズイだろう……。
すぐに引っ込められたその手には男物の財布が握られていた。そのまま躊躇う事なく中身を改め、一枚の名刺を取り出す。
ブルーシートから抜け出し、警察に通報する。
疲労感が押し寄せ、通話を切ると同時に傍の空き地にヘタリ込む。そんな俺の隣で正午がどこかへと電話を掛けている。
事務的なやり取りから、相手は依頼して来た建設会社の社員なのだろうと想像がつく。
「ええ、そうです。それで死体が持っていた名刺なんですが」
そう言って名刺に書かれた名前を読み上げる。営業部・部長という肩書きも一緒に読み上げ、「ご存知ですか?」と質問を重ねる。
「はい、はい……そうですか。では、警察が到着するまで我々はここに待機してますので」
最後まで事務的に告げ、そのまま電話をポケットにしまう。
質問していいのかどうか躊躇って正午を見上げると、その視線に気づいたのか、「どうぞ」と促される。
「さっきの死体ってここの工事をしていた会社の部長だったのか?」
「確認はこれからですが、半年ほど前から行方が分からなくなっていたそうなので、おそらくは」
「何でまたこんな所で」
床にあった穴はお化け屋敷だった頃に幽霊役が隠れる場所だったのだろう。他の部屋は壁にあったが、何らかの理由で最後の部屋だけは床に作ったのかも知れない。
だったら事故の可能性が高いんじゃないかな。
俺の想像では、こうだ。
工事をするにあたって、床板の仕掛けは開いてあったのだ。そこに部長が運悪く落ちて、その拍子に床板が閉じてしまった……幽霊が隠れる場所なので当然ながら中からも開くように出来ていた筈だが、突然の事に慌てたのか、或いは仕掛けに気づかなかったのか、開けようと藻掻く間に酸欠か何かで意識を失ってしまったとか。
「もともとは幽霊役が隠れていたんですから酸欠はないでしょう」
正午がバッサリと俺の推理を否定する。
それもそうか、客が来るまで幽霊役の従業員があそこに閉じこもっていた筈なんだ。酸欠になるような作りな訳ないよな。
じゃ、パニックになって仕掛けに気付かなかったとか?
「それもないでしょう。いえ、パニックにはなったと思いますが、閉じ込められた所為ではないと思いますよ」
「どうしてだ」
「死体の爪が剥がれていたのは、落ちてすぐに意識を失ったのではないという証拠です」
「そんなの分からないだろ、爪が剥がれるほど床板を引っ掻いたんだ。それだけ慌てていたとも言えるんじゃないのか」
自分の推理に固執する理由など何もない。ただ、頭ごなしに否定されたからムキになっているだけだ。
そんな子供っぽい俺の言い分に正午が溜め息をつく。




