表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比与森家の因縁  作者: みづは
二人のこと
95/103

デート3

 汚くて薄暗いが、幽霊の気配なんて微塵もない。

 何も恐れる物がないのだから、急げば一時間ほどで回れるだろう。

 その後は再びバスに揺られて駅まで出れば、食事する店ぐらはあるかな。呼び出されて浮かれて来てみれば、幽霊退治だったんでガッカリしたが、さっさと終わらせて仕切り直せば午後は丸々デートって事になるんじゃないのか?

 そう思いついた途端、俄然やる気が湧いて来た。俺に限らず人間とは現金なものなのだ。


 「幽霊の噂はガセだったようだな、依頼主にはどう報告するんだ?」

 「そのまま伝えますよ。いもしない幽霊の存在を主張したら詐欺になりますから」


 ま、そうだろうな。

 心霊スポットとなってしまったから野次馬が消える事はないだろうが、資金繰りが出来て解体工事が進めばバカな連中が入り込むのは不可能になる筈だ。時間は掛かるかも知れないが、それが正攻法だろう。


 「ただ、少し気になる事が」

 「何だ?」


 先を歩いていた正午が、ふと立ち止まる。


 「幽霊の目撃談です」

 「何かと見間違えたんじゃないか?」


 心霊スポットに肝試しに来るのだから、時間は夜だった筈だ。廃墟なので明かりもなく暗い上に、シートで覆われているので感覚的にも息苦しい。

 そんな所に入り込めば、如何にも出そうという心理が働いて何かを人影と見間違えるぐらいはするだろう。


 「そうじゃなくて、さっき話していて気がついたんですけど、幽霊を見たって騒いでいるのはここに入り込んだ野次馬だけなんですよ。工事の関係者は誰も見ていないんです」

 「工事関係者は昼間しか来なかったからじゃないのか」

 「そうなんですけど……だったら最初に来た野次馬はどうしてここに幽霊が出ると思ったんでしょうか」


 正午が何に疑問を抱いているのか理解する。

 ここに肝試しに来た最初の人物。その彼だか彼女だかは、ここが如何にも幽霊が出そうだと言う事をどうやって知ったのか気になるらしい。


 「実際は資金繰りの所為で工事が中断したんだが、外部の人間にはそんな事分からないからな。如何にも何かありそうに残っているここが怪しく見えたんじゃないか?」

 「何かありそうって、どこら辺が?」


 問い返されて、うーんと腕を組む。

 廃墟だから、元がお化け屋敷だから……でも、そう思わせている一番の要因は、建物全体を覆ったブルーシートだよな。

 そう答えると、「そうなんですよ」と正午が同意して来る。


 「解体工事を始める為だったのかどうか分からないんですが、シートだけ掛けてあるのが不自然に思えるんです」

 「そうだな……作業をしていた形跡はないし、その道具も見当たらないしな……そもそも、全体を覆ってしまったら工事の為の重機をどうやって中に入れる気だったんだ?」


 何しろ、入り口は野次馬たちがこじ開けた穴しかないのだ。工事が始まったらシートを取り払うつもりだったのかも知れないが、それを言うならシートを掛ける必要がない。ここら一帯、建設会社の私有地なんだ。土埃だの目隠しだのと、最初から気にする必要なんてないのだ。


 疑問を口にしたところで、答えが出る訳でもない。

 正午が溜め息をついて「取り敢えず回ってみましょうか」と言うのに頷き、廊下を進む。

 奥へ進むほど、目に見えてゴミが減って行く。どうやら野次馬どもは入り口の辺りを歩き回っただけのようだ。


 「匂い……強くなってませんか?」


 先を歩く正午が不意にボソリと呟く。

 その言葉に鼻をひくつかせると、確かにさっきより甘ったるい腐敗臭が強くなっている。


 「どうして」

 「さぁ……奥にネズミの巣でもあるのかも」


 だとしたら厭だな。

 怖くはないが、ネズミは色んな伝染病の媒介をする。齧られたら堪ったものじゃない。


 「保健所に連絡した方がいいんじゃないか?」

 「確認してみないと」


 仕事だからか、責任感の強い事で。

 俺の立場は無償のアシスタントだから責任感なんて小指の先ほどもないんだけど、ここに正午を一人放置する訳にも行かない。行きたくないけど、行くしかない。

 幽霊ならぼんやりしていても見つけられるが、ネズミはそういう訳にも行かない。廊下の隅やゴミにチラチラと視線をやりながら歩く。


 「さっきの話なんですが」


 俺と同じようにアチコチ見ながら歩いているのだろう、若干ゆっくりと足を運びながら正午が口を開く。


 「さっきって?」

 「一番最初に幽霊を見たのが誰だったのか、気になるんですよ」


 ああ、ここが心霊スポットになった理由だったな。

 でも、見た目だけで言うなら充分おどろおどろしいんだから、そこまで気にする事か?


 「この場で噂話を辿るのは無理だろう」

 「そうなんですよね。だったら着眼点を変えてみるのはどうでしょうか」

 「着眼点、ねぇ……」


 正午が依頼されたのは、心霊スポットになったこの元お化け屋敷に幽霊が本当にいるのかどうか。いたら何とかしてくれって事だろう。

 いや、そうじゃないな……何と言われたのか正確な言葉は分からないが、依頼して来た建設会社としては、ここに入り込む野次馬を追い払う為に幽霊がいたら成仏させろって事だよな。

 それって、幽霊がいてもいなくても、どっちでもいいんじゃないか?


 「ここに幽霊が本当にいたとして、それを成仏させたからって野次馬は減るものなのか?」


 寧ろ逆じゃないか?

 俗に言う霊能者とは違うが、拝み屋が来て幽霊を祓ったと噂になれば野次馬は増えるような気がする。

 俺が依頼主だったら、放置を決め込むよな……幽霊が出ても出なくても野次馬は飽きるまで後を絶たないだろう。だったら、噂が風化するまで何もしないのがいい。まぁ、夜間に警備員ぐらいは置くかも知れないけど。



 「ここって警備員はいないのか?」

 「資金繰りが難しくて工事が中断したんですから警備員を置く予算なんてないでしょうね」


 ふむ、尤もな言い分だ。警備員を置く余裕があったら、さっさと解体工事を再開していた筈だ。

 と言う事は、だ。

 昼夜を問わず、ここは無人な訳だ。

 立ち入り禁止の柵はあったものの、人の目がないのだから侵入は容易いだろう。


 「その割に野次馬がいないんだな」


 自分の想像に感想を述べると、それだけで察したのか正午が答える。


 「肝試しなら夜に来る人が多いのでは?」

 「それもそうだな」


 午前中の明るい時間に来ても雰囲気が出ないしな。

 そう納得して歩いている内に全ての部屋を見終わってしまった。本当に何もなかった。

 最初に見た部屋のように幽霊役が隠れる場所があったりなかったりしたぐらいで特に代わり映えしなかった。だが、最後の部屋。

 一番奥の部屋のドアを開けた途端、その異様さに足を止めてしまう。それまでと違ってゴミが全く落ちていないだけでなく、一段と匂いが強くなった。吐き気がするほどの腐臭……いや、死臭か?


 「臭いな……こんなに臭うって事はネズミじゃないだろう」

 「そうですね、もっと大きな何かの死体があるみたいです」


 猫、犬……山の中だから他の野生動物という可能性もある。

 でも、どうやってここに入り込んだんだ?

 押し開けるタイプのドアなら突進して入り込み、その勢いで閉じ込められてしまったとも考えられる。でも、部屋のドアはスライドタイプの引き戸だ。動物が突進して入ったなら、ドアそのものが破壊されている筈だ。

 だったら、悪臭の原因は何だ……?


 「この部屋、ゴミが落ちてませんね」

 「ああ、匂いの所為で誰も近付かないのかも知れないな」


 そう答えると、正午が考える仕草をして、俺を見る。


 「匂いの原因はどこだと思います?」


 一般の病院よりも広いとは言え、家具や小道具は撤去されて何もないがらんどうな空間でしかない。

 見回すまでもなく、部屋の中は全て見渡せる状態だ。


 「……幽霊役が隠れる場所だろうな」


 俺の答えに満足したように頷くと、他の部屋でしたのと同じように壁を叩く。

 コンコン、コンコンと。

 狭い間隔を移動しながら音が変わる場所を探す。

 その背中を見つめて、考えるともなく考える。


 どうしてブルーシートで覆われていたのか。端をロープで括ってあったが、侵入防止の為ではないだろう。その気になれば簡単に解けるだろうし、いざとなれば切ってしまえばいいのだ。

 野次馬がそれをしなかったのは、既に穴が空いていたからと考えていい。いや、そうじゃない。

 ロープは内側で留めてあった。だから穴を潜って入り込んだ野次馬たちはわざわざ解いたり切ったりしなかった……じゃ、ロープを結んだ人物はどこから出たんだ?


 「なぁ、このブルーシートは工事の人が掛けたんだよな?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ