デート2
サクサクと歩く正午に続いて裏に回ると、本当に開いてたよ。人がやっと一人通れるぐらいの小さな穴が。
うわぁ、やだなー。入りたくないなー。
ドンヨリと正午の背中を見つめていると、何の躊躇いもなしにシートを捲って中に入ってったよ。相変わらず鋼の心臓なのな、お前。
「何してんですか、早くして下さい」
穴の前でモジモジオドオドしていたら顔を出した正午に厳しい声で怒られてしまう。
惚れた弱みとは言え、従うしかない自分の立場が恨めしい。
渋々シートを潜ると、元からなのか年月の所為なのか、ボロボロになったコンクリート剥き出しの建物が目の前にあった。
「どんなお化け屋敷だったんだ」
壁の至る所に落書きされているし、窓は全て粉々に砕かれている。これは肝試しに来たバカたちの仕業だろう。
だけど、それを引いてもちょっと見当がつかない。
何しろ大きい。平屋造りだが、思っていたよりも奥行きがある。
「末期患者たちを集めたサナトリウムって設定だったらしいです。煽り文句は、『生きてここから出て行った人はいない』だそうですよ」
俺の独り言にそう返しながら、表へと回る。置いて行かれたら一大事とばかりに慌てて追いかける。
建物を丸ごとシートで覆っているので、まだ昼間だと言うのに、中は薄暗くて蒸し暑い。幽霊が出なくても、こんな所に一人でいるのは嫌だ。
「目撃情報によると、出るのは女性だそうです……そう言えば、常々不思議に思っているんですが、どうして幽霊は女性ばかりなんでしょう?」
「男もいるぞ」
見た事あるからな。
前に住んでた家の近くの踏切に中年の男の幽霊が日がな一日ボンヤリ突っ立ってたぞ。
別に何をする訳でもない、本当にただボンヤリと遮断機の横に立っているだけだ。
害はないように見えたが、幽霊と言うだけで既に恐ろしい。当然のようにその踏切は通らず、いつも遠回りしていた。それを思うと、迷惑だったと言えない事もない。
「怪談では女性が多いですよね、長い髪に白いワンピースとか」
「その方が想像しやすいだけじゃないか」
現に長い髪の花子さんがキョロキョロしながら俺の隣を歩いてるしな。
でも、花子さんは白いワンピースなんか着てない。濃紺のセーラー服だ。慣れた所為か、怖さは感じない。理解不能ではあるけれど。
何しろ俺よりも生き生きしている。何もかもが楽しくてしょうがないらしく、いつもニコニコ笑っている。特に俺と正午が一緒にいる時は生ぬるい笑顔を浮かべている。解せぬ。
看板の掛かった入り口は板が打ち付けられて封鎖されていた。
しかし、生憎な事にすぐ横の窓が割られているので進入可能だった。本当に残念だ。
先に行こうとする正午を制して、残っているガラスの破片を払い落として窓枠を乗り越える。
ブルーシートで覆われているのだから、建物の中は当然のように暗い。だが、見えないと言うほどではない。全ての窓が割られたので外の光が入るのだろう。
正午に手を貸して、受付らしき所に進む。
外観はコンクリート打ちっ放しのようだったが、足元は板材だった。歩く度にギシギシ言って、誰かが後ろを歩いているような錯覚に陥りそうだ。
カウンターがあり、そこでチケットを係の人間に差し出す仕組みだったのだろう。
小道具の類は持ち出したらしいが、ゴミが散乱している上に落書きまでされているので、パッと見た感じ雑然としている。要は汚い。
「さっさと壊せばいいのに」
そう呟いた俺は間違っていない筈だ。
幽霊の目撃談があるとして、だからって工事を延期する理由にはならないだろう。寧ろ早めるのが普通じゃないのか。
「資金難だそうです。何でも銀行に融資を断られたとか」
成る程ね、順番が逆なのか。資金難で工事を中断したら、幽霊の目撃談が相次いで心霊スポットになったのか。
本当、碌でもない連中がいるもんだ。
「何か臭うな」
「ゴミの所為でしょう」
空き缶だのペットボトルだの、他にも得体の分からないゴミだらけなのだ。弁当の食べ残しなどの生ゴミもあるのだろう。匂って当然だ。
「どんな幽霊なんだ」
「それがハッキリしないんですよね。若い女と言う以外、特徴がないんです」
珍しい。正午の事だから下調べは入念にした筈なのだ。それなのに、何も分かってないのか。
「そもそも心霊スポットとして有名になったのはここ最近なんですよ。それまではただの廃墟でした」
「最近っていつ頃だ?」
「工事が中止になった半年前からです」
じゃ、順番としては建設会社が工事を中断して、口コミか何かで幽霊が出ると広まって心霊スポットになったって事か。だったら、このブルーシートは解体工事の時に掛けたのか?
「一番最初に幽霊を見たって言い出したのは工事の関係者か……?」
そうなる筈だ。
いくら暇人でも、用もないのに廃墟になんか行かない。しかも、工事を中止したとは言え、ここは建設会社の私有地だ。無断で立ち入っただけで通報されるおそれがある。
「依頼して来た社員に確認して貰ったんですが、どうも違うようです。工事関係者にあたってみたところ、誰もそんな事は言っていないと。幽霊が出るという噂すら聞いた事がないと口を揃えているそうです」
「それは珍しいな」
特別な因縁曰くがなくとも、さびれた場所には自然と怪談が発生する。ここは遊園地だったので賑わっていた頃とのギャップが激しい筈だ。敷地だって広い。
思わせぶりなシチュエーションなんだから何かと見間違えて幽霊の噂が立つ事ぐらいあるだろう。
でも、そうではないと正午は言う。
ここまで小道具が揃っているのに怪談が一つもないなんて……不自然な気がするのは俺だけなのか?
療養所という設定だからか、普通の病院と比べて個室は広めだ。たぶん、驚かす幽霊役が隠れるために広くする必要があったのだろう。
近所の病院と同じように、それぞれの部屋には引き戸が付いている。とは言っても、殆ど外されたか壊されたかしてるけど。
「営業していた時は、全ての部屋を回ってヒントを集めて謎を解かないと外に出られなかったそうですよ」
「ヒントが足りなかったら?」
「体調不良などの理由でリタイアするのは認められてたらしいですが、それ以外ではやり直しだったみたいですね」
ただ歩き回るだけじゃなくて、謎解き要素もあったのか。ただ歩くよりはいいだろうけど、頭悪かったらどうするんだろう……まさかそのまま出られないって事はないよな。
カウンターに一番近い個室に入ってみる。
ベッドも何もなく、割れた窓と剥がされた壁紙、コンビニの袋、ビールの空き缶などが目に入る。
「やっぱり何か臭うな」
野次馬たちが持ち込んだ食べ残しがどこかで腐っているのか、まとわり付くような腐臭に顔を顰める。
「ここで死んだ患者たちの幽霊が出て来るって設定だったようですね」
ゴミを蹴散らしながら部屋の奥まで進んだ正午が壁の一部をコンコンと叩く。注目すると、不自然な凹みがあって、その上にはカーテンレールが残っている。ここに幽霊役が隠れていたのだろう。
そのまま壁沿いに歩く。何をしているのだろうかと見守っていると、手を這わせて何やら探っている。目的の物を見つけたのか、「あった」と呟く声がするのと同時にカチリと音がする。
壁の一部が引き戸になっていて、それを開いたらしい。パッと見ただけでは分からない作りになっていて、壁紙が貼ってあったなら全く見えなかっただろう。
「カーテンの影から出て来た『幽霊』に驚いて、逃げようとしたら出口近くでもう一人出て来るって段取りだったんでしょう」
ビックリ要素は二段構えだったのか。前後を幽霊役に挟まれたら大抵の客はパニックになるだろう。
ポケットからペンライトを取り出し、中を照らす。奥行きが五十センチほどの狭い空間だ。
よく見ると引き戸には覗き穴がついており、客が来るまでここに潜んでいたようだ。幽霊もなかなか大変だな。
「匂いの原因はこれかも」
正午の声に中を覗き込むと、ゴミに紛れてネズミの死骸があった。
食べ物の匂いに釣られて潜り込んだとしたら、他にもいるかも知れない。不衛生だな。
長い時間見ていたい物でもないからか、元通りに引き戸を閉じた正午がクルリと振り返る。
「何かいますか?」
正午の話によると、嫌いな人ほど見つけるのが早いらしい。だからって、俺を幽霊レーダーにするのはやめてくれ。
「いや、何も」
長い睫毛を瞬かせて見上げて来る正午は可愛いので期待に応えたいが、嘘をつく訳には行かない。
如何にも出ますよって雰囲気だが、あくまでも雰囲気だけ。見た目が不気味なのはお化け屋敷だったから当然だしな。
入るまではそれなりにビビっていた俺だが、いざ入ってみると、何て事はない。ただの荒れた廃墟だ。
ここに来る野次馬たちも本気で幽霊が出ると思っているのではないだろう。ただ騒ぐ理由が欲しいだけに違いない。




