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朝になり正午と一緒に比与森の家を出る。
木村に呼ばれているのだ。
これまで親戚の援助で一人暮らしをしていた木村だが、山から戻ったあと、森山の家に引っ越したのだ。何がどうしてそうなった。
連れ立ってブラブラと歩いていると、少し離れた所から花子さんの気配がする。
相変わらず挙動が不審だ。口元を手で隠しているが、俺たちを見てニマニマ笑っているのが分かる。どうせ良からぬ想像をしているんだろう。無視だ、無視。
到着したのは郊外にある落ち着いた一軒家。ここが森山の家らしい。
建物は古いが傷んでいると言う訳ではなく、裏にあるのは庭なのだろう。漂って来る緑の気配にホッと息をつく。
「いい家ですね」
正午の呟きに小さく頷き、木村に到着した事をメールで告げる。すぐにやって来た木村は、矢張り億劫そうに「よぉ」と手を上げて見せる。
居間らしき部屋に通され腰を落ち着ける。
「合格おめでと」
「お前のおかげだな」
そんなやり取りをしながら、来る途中で買って来た総菜と飲み物をテーブルに並べて行く。
「森山さんは?」
「仕事だそうだ」
社会人は正月から大変だな。バスで思ったのと真逆な感想を抱いて、立ち上がる。
森山がいないのなら気を遣う事もない。コップを借りようと勝手に食器棚を開ける。
結婚式の引き出物として貰ったのか、白い食器が多い。他にあるのは百円ショップで買って来たのだろう、デザインも色もバラバラだった。
適当に三つ選んで戻る。木村が皿に移す筈もないので、総菜の類いは蓋を開けてそのままだ。
「ま、お疲れ」
「お前も頑張れよ」
木村はこれからセンター試験がある。俺の励ましにニヤリと笑うところを見ると、かなり自信があるようだ。大したものだよ、全く。
その後はそれぞれが勝手に唐揚げなどの総菜を摘みながら適当な雑談をする。
池水が最近変わったと言う。
相変わらず成績はいいのだが、以前よりも自主的に話すようになったらしい。ただ時々古風な言い回しをすると言われた時には、ドキッとした。
傍にいないと思ったら池水に取り憑いていたのか、あの狐。
「森は地方の大学に行くらしい」
「ああ、本人から聞いた。国立だってな、さすが才女」
そう、過激な性格をしている森だが、意外な事に成績が良かったのだ。いや、成績がいいからこそ、ギャルに水被せても学校側は問題にしなかったのかも知れない。ズルい、贔屓だ。
「生徒会、引退したんだろ」
三年生は二学期で部活も委員会も引退するという暗黙のルールがある。絶対と言う訳ではないが、受験で忙しくなるから自然と足が遠のくのだ。
「ああ、引き継ぎも全部終ったよ。風紀はどうだ?」
「終った筈なんだが、未だに放課後は駆り出される」
推薦だったので、一般で受験する連中よりも試験が早かったのだ。その所為で、どうやら暇人認定されたらしく、放課後の見回りを頼まれる事がある。
学校内の話が続いたからか、正午がやけに大人しい。もう少し気を遣うべきだったかと振り返ると、庭の一点に目を向けたまま微動だにしていなかった。
「どうしたんだ」
「茶碗が置いてあるなと思って」
森山の家そのものはさほど大きくはない。だが、庭が広い。
塀がないので、鬱蒼と茂る林との境目がハッキリしないのだ。おまけに手入れも余りされていないらしく、この季節だと言うのに辺り一面に雑草が生い茂っている。
そんな庭の一画だけ草が刈り取られ地面が剥き出しになっている。そこには正午の言う通り、確かに茶碗が一つポツンと置いてある。
「何だ、あれ?」
目を凝らすと、木村が「ああ」と声を上げる。
「野良猫がいるんだ。懐くかと思って餌をあげているんだ」
「へぇ」
「茶碗と言えば少し不思議な事があってな」
そう前置きして木村が話し出す。
「事件のあと、部屋に帰ったら何故か茶碗が二つあったんだ。俺が普段使ってるのと同じ物がもう一つ。買った覚えはないし、使う人間もいない筈なんだが、何となく捨てる気になれず持って来たんだ」
それは……もしかしなくても修司さんが使っていた茶碗ではないだろうか。全ての痕跡を消したと思ったが、うっかりしていたのかわざとなのか。
しかし茶碗だけあったところで、そこに何かメッセージが込められているとも思えない。
「猫は決まった食器からしか餌を食べないと聞いた事があります」
正午がそう言って再び茶碗を指差す。そこには小さな白い猫。
「え、」
まさか……。
驚きの余り言葉もなく黙り込む俺の隣で木村が立ち上がる。
「中に入れてもいいか?」
「ああ、でもいいのか?」
「森山さんには飼っていいと許可を貰ってある」
そう言うと、自然な態度で窓を開け猫に手を伸ばす。急にあらわれた木村に怯える様子もなく、猫は黙ってその手に抱かれる。
「随分、懐いてるな」
「ずっと餌をあげてたからな」
木村の腕の中で満足そうに目を細める猫を見つめる。そこに面影がある訳ではない。
だが、白蛇だった修司さんと木村の腕に抱かれる白猫。何らかの因縁を感じるのは当然だろう。
「名前はつけたんですか?」
正午の問い掛けに「ああ」と木村が頷く。
「リュウって名付けた」
その声に自分の名前を呼ばれたと分かったのか、猫が目を開けてニャァと小さく鳴く。龍神はかなりの世話焼きのようだ。
一度結ばれた縁はそう簡単には解けない。だから、因縁と言うのだろう。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
初出のメクると比べて違っている点のご説明を。
元々はシリーズとして書いていたのですが、こちらで掲載する際に全部まとめてみましたら、思いの外、長くなっていました。訂正につきましては、誤字の修正と、少しでも読みやすくなるようにと表現を少し変えたぐらいです。省略、追加は一切ありません。
そして一番の違いは、メクるでは頂いた表紙やイラストもご覧頂ける事かと。ご興味ありましたら。
本編は完結したのですが、今後、気が向いたら番外編も書くつもりでいます。お時間ございましたら、またのお付き合いを宜しくお願い致します。




