32 その後
秋が終わり冬になり、本格的な受験シーズンを迎えた。
その間、俺は勉強に勤しみ正午と連絡を取っていない。木村とは生徒会室で毎日のように顔を合わせて勉強を見て貰っている。
だが、不思議なほど、お互いに山であった事件に触れる事はなかった。勉強の合間の雑談でさえ話題にのぼる事はなかったのだ。それは森といても同じだった。
二人とも故意に避けているのではないだろう。卒業間近で忙しく、話題にする事が他に山ほどあっただけだ。
俺は何とか推薦を貰えて入試を終えた。あとは結果を待つのみ。
ソワソワと落ち着かないまま冬休みに入り、大晦日を迎えた。今年も仕事で留守の親父に連絡を入れて比与森の家へと向かう。
前もって電話してあったので、叔母さんは俺を見て懐かしそうに笑顔で迎えてくれた。
「司郎ちゃん、大きくなったわね」
「ご無沙汰してます、叔母さん」
「やだ、そう呼ばれたら一気に年取った気がするわ」
フフと笑った顔は山で見た朝日とよく似ている。
「実際、そういう年でしょう」
今帰って来たのか、玄関を開けて正午が呆れた顔で俺たちを見ている。
「失礼ね、まだまだ若いわよ」
「はいはい。いつまで司郎を玄関先にいさせるつもり?」
「やだ、ごめんなさい」
慌てたようにスリッパを揃えてくれる叔母さんに礼を言って上がり込む。
「司郎ちゃん、今日は泊まって行くのよね?」
「はい、お世話になります」
「夕飯できたら呼ぶからゆっくりしててね」
ふんわりと笑顔でそう告げられ、ありがとうございますと返す。
そして正午に促され、離れへと向かう。
久しぶりに来た部屋の中央には炬燵が置かれていた。
冬って感じがして何かいいな……。
そう眺めていたら「寒いんで早く入って下さい」と素っ気ない。
言われるまま部屋に入り炬燵に足を突っ込む。
そのまま互いに何を話す訳でもなくボンヤリと過ごす。
この家も古いけど、手入れがされているのだろう。ゆったりと落ち着けて居心地がいい。
そして何より記憶のままだ。
あの時は炬燵はなく、ベッドもなかった。俺は布団で横になっていて、枕元にばあさんが座っていた。あと、庭に咲いていた桃の花。
「楠本マナミが目撃されたそうです」
唐突に言われ、夢から覚めたように正午を見る。
「警察の人が見たそうですよ。ボロボロの衣服を身に着けて、髪を振り乱した若い女がいた、と。追い掛けたんですが、途中で見失ってしまったそうです」
「それは……」
何て言うか、目撃した人は怖かっただろうな。
二人も殺した犯人なのだ。その上、楠本マナミは恐らく正気ではない。それこそ伝説に出て来る鬼婆のような存在になってしまったのだ。
楠本マナミは二人の男に襲われ、それからずっと地獄を彷徨っているのだろう。可哀想だが、誰にも助ける事など出来ない。
渡されたミカンを何となく手で転がしていると、正午がスッと正座する。
炬燵に入ればいいのに、寒くないのかな。
「まずは、礼を言わせて下さい」
正午が改まった口調でそう言う。急にどうしたんだ。慌てて炬燵から足を出して、ミカンを持ったまま俺も正座する。
「朝日を成仏させてくれてありがとうございます」
手をついて頭を下げる。
それにポカンとして、俺の手からミカンが転がり落ちる。
成仏って、俺が……?いつ?
鬼ごっこの最中に朝日が消えたのは、確かに見た。笑いながら光に向かって走る朝日を見て、もう会えないのだと覚った。
行くべき所に行ってしまったと、俺にも分かった。悲しむべきじゃないと思ったけど、それでも俺は朝日に二度と会えないのが悲しくて淋しかったんだ。
だから俺は何もしていない。寧ろ、朝日を引き止めたかったんだから。
「朝日の願いを叶えてくれたでしょう。僕にはできない事でしたから」
願いって、何だ。もしかして、一緒に遊ぼうって約束か?
ひたすら首を傾げるしかできない俺を見て、正午がフッと小さく笑う。
「春に旧校舎で会った時は司郎と関わるつもりなんてありませんでした。イトコだと知っていましたし、司郎が狐に呪われているのも知っていました。でも、僕には関係ないと、知らぬふりをしようと思ってました」
え、何それ。酷い。
ここに来て、まさかの見捨てる宣言とか。マジで辛いんですけど。
「見よう見まねで育てた犬を取り上げられた腹いせもであったんですけどね」
俺の顔色を見て、苦笑混じりにそう言う。
「祖母が司郎だけ助けて朝日を見殺しにした、そうも思っていました」
それは俺も思っていた。だから、どうしようもないほど朝日に対して後ろめたくなってしまうんだ。
「その所為もあって、僕は司郎と関わるのが厭だったんです」
あ、うん……そうだよね。そう言えば出会った時に正午は俺に偽名使ってたし。同じ学校だと思っていたから連絡先も聞いてなかったしね。
俺の勘が良くなかったら、こうして一緒に年を越す事もなかったのか……何だろ、物凄く切ない。
「でも、旧校舎での司郎は……正直に言って、この人バカなのかなって思いました」
『でも』って言っといて、否定形が否定形になってないよ。関わりたくないと言われたばかりで、この追い打ち。正午くん、鬼畜過ぎる。
「バカって、そんな」
「幽霊の怪我を心配する人なんていません。しかも、今にも卒倒しそうな顔して……司郎はそれでも佐倉小花が泣いているのを放って置けなかったんでしょう?」
「そうだったけど、それぐらい普通だろ。女の子が怪我して泣いてたら心配ぐらいするだろ」
「相手は幽霊ですよ、もう死んでいるんですから怪我の心配なんて普通しません」
キッパリと言われてしまった。まぁ、高校生でありながら占い師なんてしているんだ、俺なんかより幽霊と遭遇する事だって多いに違いない。
「だから、司郎の傍にいるのは尚更良くないと思いました」
「どうして」
「僕が傍にいたら、司郎に良くない影響を及ぼす……前にも言いましたが、司郎は優し過ぎるんです。同情するのが悪い事だとは言いませんけども、度が過ぎれば身を滅ぼす事だってあるかも知れません」
そうだ、花子さんの時にそんな事を言われたんだったか。
幽霊を見ても同情するな、無視しろと。
俺だってそうしたいよ。でも、目の前にいるのに無視なんかできないし、俺なんかを頼るって事は相当困ってるんじゃないかって思っちゃうんだよ。
旧校舎の時も、コックリさんの時も、今回の事だって。
これから先も、俺は自分に出来る事なら迷わず行動に移すと思う。それで誰かが助かるのならいいじゃないか。
「そりゃ……まぁ、俺に何とか出来るなら」
褒められてるのか貶されてるのか良く分からない。
シドロモドロに答えると、フンワリと正午が笑う。
「だから、お願いです。僕の傍にいて下さい」
「は……?」
どうしてそういう結論に至ったのか、本気で意味が分からない。
嫌いだったとか関わるつもりなかったとか、散々言われたのだ。それが急にひっくり返ったんだから、訳が分からないのは俺だけじゃないだろう。
「僕には司郎が必要なんです」
目を潤ませてそう訴えかけて来る。やめなさい、可愛いから。
チラリと花子さんを盗み見ると、これ以上にない笑顔で拍手してやがった。意味不明にも程がある、見るんじゃなかった。
「それは……えっと、どういう意味で?」
任せろ、一生傍にいてやる。そう答えられないのは、これまでのアレコレの所為だ。
「木村家のように祖母とやり取りしていた家が幾つかあるんです。それら全てを片付けてしまいたいので手伝って下さい」
「……それはつまり俺に手伝えと?」
「はい」
何を当たり前な事を聞いてるんだって顔されたよ!
まぁ、そんな事だろうとは思ったけどね!
俺としては、もうちょっとオブラートに包んで欲しかったかな!
「別に構わないけど」
犬も尻尾振りたくって喜んでるしな……まぁ、縁が切れないなら俺はそれでいいんだけど。
正午から目を逸らして溜め息をつくと、耳元で「頑張ってね」と声がした。
それは朝日の物のように聞こえたが、もしかしたら孫に因果を背負わせてしまったばあさんの声だったかも知れない。




