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そして何故か俺は一人だ。
場所は一階の廊下、朝日が出やすいポイントを話し合った結果こうなった。
見つけたら、取りあえず捕まえて説得する。何をって、外にいる子供に俺たちが怖くないってのを言ってくれと頼むのだ。
死ねと言って石井姉妹を怖がらせた朝日だが、白尾によるとそこに悪意はないと言う。子供らしい無邪気さでその場にいた人間の気を惹きたかっただけだそうだ。
朝日に怯える事はない。そう正午は言っていた。俺に危害を加える事は絶対にない、と。
だから俺が一人でいた方が朝日は出て来ると言う話だ。
そうだよな。気の所為かも知れないけど、朝日は俺にちょっかい出したいように思える。
そう納得はした。
だからと言って怖くない訳ではない。一人でいたら怖さ倍増なのをどうにかして欲しい。
辛うじて懐中電灯は持たされたけど、俺ってば丸腰。いつもは右目にいるシロウですら、座敷の封印に使われてここにいない。いるのは役に立つのかどうか分からない花子さんだけだ。
その花子さんは正午に貰った守り袋を天井に投げて遊んでいる。暇人め。
ポーン、ポーンと上下するそれを眺めている内にまた眠くなって来た。
この時間は普通なら寝ている筈なのだ。その上、何もする事がない。
陽がのぼるまでに朝日を見つけて説得しなきゃいけないのだが、どうにも眠い。眠過ぎる。
ポーンと放られた守り袋が花子さんの手を逸れて床に落ちる。それを夢うつつに目で追い掛けると、小さな白い爪先が見えた。
白く見えたのはソックスを履いているからだ。ゆっくりとそれが動き古い床板が軋む。
咄嗟に懐中電灯を向けると、光の輪の中に黒いワンピースを着た女の子がいた。
正午とよく似た顔立ちだが、幼い所為か表情があどけない。
その上、俺を見て嬉しそうにニコッと笑うんだから、これが可愛くない筈がない。
「朝日……?」
呼びかけると、こちらに駆けて来ようとした足を止めて花子さんを見る。
池水の中にいたのを無理に追い出されたから怖いのかも知れない。
「大丈夫、花子さんは怖くないから」
いや、幽霊って時点で俺にとっては恐怖以外の何者でもないんだけど、朝日にとっては同類のようなものだ。怖がる必要なんてない。
俺の言葉に納得したのかどうか、朝日がオズオズと近づいて来る。
手を伸ばすと、躊躇いもなくギュッと掴む。
冷たくはないけど暖かくもない。その小さな手を握りしめて、何となく悲しくなる。
「司郎ちゃん?」
俺が顔を曇らせたからか、朝日が不安そうに呼びかけて来る。それに大丈夫だと、小さく頷き傍に座らせる。
スカートを広げて腰を降ろす仕草に、こんなに小さくても女の子なんだなと思ってしまう。
「朝日、俺……」
子供たちを説得してくれと頼めばいい。でも、この子は俺の代わりに死んでしまったんだ。もっと他に言いたい事があって当然だった。
「助けられなくて、今まで忘れててごめん……」
真っすぐに見る事ができなくて俯いてしまう。ばあさんが呪いなんか掛けなかったら、女の子があの家にいるのは危険だと知っていたら……雛人形を出してはいけないと知っていたら、きっと朝日は死ななかった。
「あさひね、ずっと自分の名前が嫌いだったの」
飴玉を転がすように甘い口調で朝日が言う。
「みんなみたいにもっと可愛い名前が良かったなって思ってたの。でも、司郎ちゃんがいい名前だねって言ってくれたから今は大好きなんだよ」
言っただろうか、記憶を封印される前の俺なのでよく分からない。
でも、ニコニコと笑顔で見つめて来る朝日は嘘を言っているのではないだろう。
「あさひのこと、太陽みたいにキラキラ眩しいって。だから、あさひって名前が好きだし、そう言ってくれた司郎ちゃんも好き」
「そう、か……」
朝日は謝罪なんていらないのだ。もしかしたら自分が死んだ事も理解していないのかも知れない。
「司郎ちゃん、お風邪治ったらまた一緒に遊ぼうね」
朝日の時間はひな祭りの前で止まっているのだろう。だから、俺は風邪で臥せっている事になっているのだ。
「何して遊ぶ?」
朝日の頭を撫でて問い掛ける。
比与森の家は庭が広くて遊び場に困らなそうだ。俺にはその頃の記憶はないが、正午を入れた三人で一緒に遊んだのだろう。日曜日には朝から晩まで、かくれんぼに鬼ごっこ。雨の日には、部屋でお絵描きやおままごとだ。
「何でもいいよ、司郎ちゃん決めて」
「じゃ、」
少し考えて口を開く。
「鬼ごっこがいいな」
「いいよ」
嬉しそうにコクリと頷く。
「俺と正午が鬼な。外にお友達がいるから一緒に逃げるんだぞ」
「うん」




