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咄嗟に正午を見て、何となく続けて修司さんを見る。
「そう呼ばれた時もありましたけど、昔の話ですよ」
柔らかな笑みを浮かべてそう答える。
龍神って、木村の両親を祟り殺したんじゃ……いや、正午がそれは違うと言っていたんだっけ?
うぅ……ややこしいな、オイ。
「元は小さな蛇でした。生まれつき色素を持たず身体の弱かった私は、すぐに死んでしまったのですが、場所が悪かったようで……滝の傍にあったその死骸を見つけた村の人たちが龍神として祭り上げたんです」
白い蛇が滝の傍で死んでたら何かしら因縁を感じても仕方ないのかも知れない。それに村の人たちにとって水は貴重だった筈だ。藁にも縋る思いで龍神として祀ったとしても無理はない。
「雨が降ったり日照りが続いたり、それら全てを私の所為だと考えたのか、ある年から七人の少女が捧げられるようになりました。それで龍神の機嫌を取ろうとしたのでしょうが、そんな物貰ったところで、私にはどうしようもありません。ですが、祭を終えても思い通りにならない天気に痺れを切らした村の人たちは少女たちを殺して私への供物としたんです。その直後に何の偶然か、雨が降り村は潤いました」
「じゃ、祭の度に巫女が死んだのは」
「村の人たちが殺していたんです。私にそんな力はありません」
事情があったのだ。殺したくて殺していた訳では決してない。
しかし、それを残酷だと思ってしまうのもしょうがないだろう。
三十軒ほどの小さな村だったのだから全員が顔見知りだった筈だ。それなのに、近所に住む少女を、或いは自分の娘を、村人たちは水を得る代償に殺していた。
龍神はその言い訳に使われただけだった。
「私が姿をあらわさない事により、次第に信仰は変わって行き、村の人たちは巫女そのものを神格化しました」
正午もそう言っていた。だから、これはスンナリ理解できる。
「そして便利さを求めて村は消え、残されたのは七つの人形だけです。私は彼女たちを解放して欲しいと比与森さんにお願いしたんです」
「だったら、最初からそう言ってくれればいいのに」
俺がそう言うのも当然だろう。
龍神の祟りとか人が死ぬとか、そんな事言われたら誰だってビビるって。
「いきなり全て話したところで司郎には理解できなかったでしょう。どちらにしても、祭をする必要があったんです」
「どうしてだ?」
修司さんが龍神と呼ばれた蛇の化身みたいなのなんだろ。だったら、祭なんてまどろっこしい事しなくてもいいじゃないか。
「人形に封じられた少女たちは祭の巫女という役目を終えなくてはならなかったんです。その為に彼女たちは命を捧げたんですから」
そう言うと、布団を挟んで修司さんと向かい合って座る。
「彼女たちを救う事が出来ず申し訳ありません」
「いえ、仕方のない事だったのでしょう」
頭を下げる正午を慰めるように修司さんが答える。
そんな二人を見つめていると、不意にツンツンと肩を突つかれ驚く。
あ、なんだ……花子さんか。
幽霊だからって無視してたわ。ごめんごめん。
そう思っていると、花子さんが窓の外を指差す。
燃え落ちた祠、その上に広がる夜空。
「ん?」
瞬く星に紛れて、何かが動いたような気がする。目を凝らして見ると、誰かが木の影に隠れているようだ。
楠本マナミか?
それにしては人影が小さい。俺の腰ぐらいましかないように見える。
しかも影は一つではない。二つ三つと見え隠れしている。
「あ、結界の所為か」
俺の声に気付いたのか、正午が訝しそうな顔を向けて来る。
「祭の間は龍神の結界の所為で外に出られないんだよな?」
「ええ、その筈です」
修司さんも不安そうに小さく頷く。だったら、幽霊も外に出られないって事だな。
「結界はいつから?」
「私は修一について普段はここを離れていますから……戻って来て少しずつ強くなるんだと思います」
「だったら、最初の一人もまだいるのかも」
人形から追い出されて、消えるに消えられない小さな子供たち。その幽霊がこの屋敷の周りを彷徨っているとしたら……正午に何とか出来るんじゃないか?
俺の考えが分かったのか、正午が立ち上がって窓の外を眺める。
「全員、小さいですね……七才か八才。一人だけもっと小さい子がいるのは木村冴子さんなのかも知れません。みんな怯えて泣いています」
そこまで分かるのか。普段は無視しているけど、見ようとしたら全部見えるらしい。すごいな。
「近づいたら逃げられるでしょうね……」
まぁ、見ず知らずの人間が傍に来たら、幽霊でもそりゃ逃げるだろ。しかも、修司さんの話によると大人たちに殺されたらしいし……だとしたら、どう考えても俺たちじゃ逆効果だな。
「花子さんは?」
「性格的に向いているとは思えません」
キッパリと正午が答える。
そうかな……俺よりは子供に受けがいいと思うけど。
「面白がって全員を連れて帰るかも知れませんよ。そうなったら司郎の家の人口密度は幽霊でいっぱいになりますけど、いいんですか?」
「よくないな」
スッパリキッパリ断る。
今でさえ生きている人間の方が少ないんだ。これ以上、幽霊が増えたら俺の居場所がなくなってしまう。
でも、すぐ近くに迷っている幽霊がいて、このままだと結界が解けた時に消えてしまうと分かっているんだ。だったら何とかしたいって思うのが人情ってもんだろ。
怖がらせないで近づく方法か……どうすりゃいいんだ。
そう考えていると、廊下をパタパタ走る足音が聞こえる。隣の部屋の誰か起きたかと思うが、そうじゃない。足音は一階の廊下から聞こえるし、女の物だとしてもやけに軽い。
「そうだ、朝日……」
正午がハッとしたように呟く。
そう言えば、色々あって忘れていた。朝日がいたんだっけ。




