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座敷に入ると、石井姉妹が泣きながら抱き合っていた。どうやら和解したらしい。
それにホッとして沢渡を中に押し込む。
「玲也、トイレの割に長かったわね。何してたの」
「別に何でもいいだろ」
楠本マナミに問い質されてプイッとそっぽを向く。鼻血は止まったようだが、その頬が赤くなっているのに気付いてないのだろうか。
「女子高生に股間踏み潰されそうになって、俺に殴られたんですよ」
そう言ってやるとカチンと来たのか、物凄い目で睨んで来る。でも、そんなの怖くねーし。怖さで言ったら森の方が上だし、もっと上には正午もいる。だから沢渡が幾ら睨んでも俺が怯える理由にはならない。
「潰されたら良かったのに」
ボソッと楠本マナミが毒づく。まぁ、その気持ちも分からないではない。
「司郎、」
呼ばれてそちらに目を向けると、座敷の奥で横になった巻野の傍に正午が膝をついている。
「どうした」
「具合が悪いみたいです」
どうして飲めないのに飲むんだよ、コイツはバカか。
さっきは起き上がっていたけど、ずっと顔色悪かったよな。一時間ちょっとで酒が回ったのか。だったらアレルギーの可能性は低い。
「急性アルコール中毒かも知れない。放っといたら死ぬぞ、取りあえず起こせ」
それだけ言って元いた座敷に走る。お茶をいれるために魔法瓶があったのを思い出したのだ。そこに水を足して戻ると、楠本マナミと正午が巻野の介抱に追われていた。石井姉妹は部屋の隅で不安そうに手を取り合っているし、沢渡は興味なさそうに不貞寝してやがる。
「水を飲ませて歩かせろ」
「目を覚まさないのよ!」
楠本マナミが狼狽えたように大声を上げる。巻野は壁に寄りかかるようにして座った姿勢だ。楠本マナミを押しのけ、巻野の前に座り思い切りその頬を張り飛ばす。
「う……」
「寝るな、目を開けろ」
ガクガク揺さぶると、意識が朦朧としているのか焦点の合わない目で俺を見る。
「水だ、飲めるな?」
その目をシッカリと見据えて言い聞かせると、ボンヤリとした頷きが返って来る。魔法瓶から湯のみに水を注ぎ、口元に近づける。
「寝るんじゃない、ちゃんと飲み込め」
器官に詰まらせたら大ごとだ。耳元で大声を張り上げ、何度も言い聞かせる。
零しながらも何とか湯のみに三杯ほど水を飲んだところで、漸く巻野が「あ、俺……」と呟く。
よし、意識はあるな。アルコールを分解できないなら排出させるしかない。そのためにはもっと水を飲ませて歩かせないと。
「分かってる、大丈夫だ。飲め」
有無を言わせず湯のみを傾け無理矢理飲ませる。噎せているが問題ない。
「トイレに行こう、立てるか?」
そう言うと、訳が分からないなりに巻野が小さく頷く。
それに手を貸しながら、「正午」と呼ぶ。
「手伝いますよ」
俺の意図を察したのか、正午が巻野の横に並ぶ。
トイレに辿り着くと、巻野が「気持ちわる……」と言う。
「吐けるなら吐いていい、ほら頑張れ」
酔っ払いの介抱なんてした事ないが、ここまで来たらとことん付き合うしかない。
ゲェゲェ吐く巻野の背中を何度か摩る。それを繰り返していると、次第に勢いがなくなり巻野が涎塗れの顔を上げる。
「もう大丈夫か?」
「ん……」
小さく頷くのでタオルを渡し、立ち上がる。廊下で待っていた正午が「どうですか」と言うので肩を竦めて問題ないと伝える。
「これで口漱いで下さい」
そう言って持って来た水を差し出す。巻野がそれを受け取り口を漱ぐ代わりに飲んでいる。まぁ、いいけど。
「気分はどうですか」
「まだちょっと気持ち悪いけど……さっきよりマシ……」
それは良かった。正午と頷きあって、来た時と同じように二人で巻野を支えて戻る。
襖を閉めた覚えはないのだが、ピタリと閉じられている。正午が閉めたのかな。
首を傾げながら手を掛けると、中から啜り泣く声が聞こえる。一瞬、幽霊かと思ったが、この家にいるのは花子さん以外には無邪気な朝日だけの筈だ。
訳が分からないまま、襖を開け、言葉を失う。
石井姉妹はさっき見た時と同じように部屋の隅で震えながら抱き合っている。啜り泣く声はこの二人の物だ。
だが、異様なのはそれじゃない。部屋中に飛び散った赤い染み。血か……?
この短時間に何があったんだ。
グルリと見回し、最後に自分の足元に目を向ける。入ってすぐの畳、そこで沢渡玲也が血を流して倒れていた。
「は……?」
予想しない出来事に頭がついて行かない。痺れたように上手く働かない脳で何とか考える。
ピクリとも動かないし、この出血量だ。これが冗談でない限り、沢渡玲也は死んでいるのだろう。でも、どうして?
キョトンと首を傾げていると、俺よりも素早く正気に戻ったのか正午が震える二人に問い質す。
「何があったんですか」
「ヒィ……ッ」
双子は悲鳴のような引き攣った声を上げるばかりでマトモに返事もできない状態だ。
「いったい、何が……それに楠本さんはどこに」
そうだ、楠本マナミの姿が見当たらない。俺たちはトイレから戻ったんだから用足しではないだろう。だったら、どこに行ったんだ。それに沢渡はどうして死んでいるんだ。
「マナミが急に……私たちも共犯だって」
「邪魔したら殺すって、そのまま外に飛び出したのよ」
互いの言葉を補い合うように双子が訴えかけて来る。
開け放たれた障子から外を見るが、陽が暮れた所為もあって楠本マナミの姿は見当たらない。どこか物陰に隠れたか、或いは山を降りようと言うのか。
重い溜め息をついて正午に首を振って見せる。
共犯。そんな事を言ったのなら、沢渡玲也を殺したのは楠本マナミなのだろう。
漸く断片的に散らばっていた事柄が一つに繋がった。
高田綾人が殺された時、楠本マナミはキャンプ場にいたと言っていた。だが、実際は違ったのだ。
石井真美が木村家に来た時、炊事場に入れないと言っていたのだ。その事から、炊事場に自転車があるのを大学生たちは知っていた筈だ。
行きは兎も角として帰りは、自転車を使えばかなり時間を短縮できた筈だ。何しろ草むらを突っ切って一直線に下ればいいのだから。
問題は高田綾人がどこにいたのか知っていなければならない事だが、これもすぐに解決する。
本当の共犯は楠本マナミだったのだ。
高田綾人にとって石井真美は都合のいい女だったのだ。ならば、きっと使い捨ての駒と思っていたに違いない。人形を盗み、石井真美を置き去りにして逃げるつもりだったのだ。
人形は一体が一千万。七つ全部を売り払えば七千万になる。サークルの仲間を裏切り、新しい生活を始めるには充分だったろう。
もしかしたら高田綾人に入れ知恵したのも楠本マナミだったのかも知れない。
楠本マナミはサークルの連中が酔っぱらった頃合いを見て、管理室の自転車で木村家まで来たのだ。自転車をこの家の裏手に止めて、高田綾人が人形を持って来るのを待っていた。前もって凶器を準備していたのだから金に目が眩んだのではない。殺すためだ。
目的を果たした後は自転車でキャンプ場に戻り、何食わぬ顔で仲間といたのだ。中座していたのは長くても十数分だろう。酒に酔った大学生たちは時間の感覚が曖昧で、結果、楠本マナミと一緒にいたと証言する。いや、そう証言させられたのだ。
だけど、謎はまだ残っている。
どうして人形を壊したのか。そして、今になって犯人だと隠さなくなったのは何故だ。
「詮索はあとにして、先に移動した方がいいでしょう」
正午の声にハッとする。
そうだった。いつまでも血まみれの死体と同じ部屋にいるのは幾ら何でも可哀想だ。巻野も再び顔色が悪くなってるし。
「どこに?」
「二階に。階段をのぼって右側の部屋に他の人もいます。そこで待機してて下さい」
この三人から目を離すのか?
楠本マナミが犯人なのは間違いないと思うけど、三人が何かしないとも限らないのに。
「この部屋を封じます。邪魔なのであなたたちは二階に行ってて下さい」
キッパリと邪魔だって言い切った……知ってはいたけど、正午くんのメンタルどうなってんの。
強い口調で言われたからか、大学生三人が躊躇いながらも頷く。この部屋から一刻も早く離れたいのもあるのだろう。
廊下に出て「来てくれ、森!」と大声を上げると、二階で足音がする。
「どうしたの」
渋々と言った様子でやって来た森は俺の顔を見て、不機嫌そうに眉を寄せる。
「また何かあったの?」
「詳しい事はあとだ。三人を連れて二階に行ってくれ」




