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地元出身の教師に聞いてみたところ、二十年程前までは、女子の制服はセーラーで男子は学ランだったそうだ。ならば、あの幽霊はそれ以前に死亡した誰かなのだろうか。
昼休みに風紀室で足立と弁当を突つきながら情報を交換する。
残念な事に俺はちょっとした有名人なので、足立といる所を目撃されたら変な噂を立てられるかも知れない。その点、この時間なら委員たちも風紀室に来る事はない。
それに話の内容が内容だ。幽霊だの殺人事件だのと、好奇心を掻き立てる単語だらけなので、人に聞かれない方がいい。
それだけで足りるのかと問いつめたくなるほど小さなお弁当を突つきながら足立が言う。
「佐倉小花と昨日の幽霊はやっぱり別人だったでしょう?」
そう考えていいだろう。
五年前に死亡したと思われる佐倉小花が二十年ほど前の制服だったセーラー服姿で化けて出る理由なんかないからだ。
「そんな訳で今日の放課後もお願いします」
そう言って弁当の蓋を閉める。食べ終わったらしい。
几帳面な性格なのか、使い終わった箸をティッシュで拭っている。
「何を?」
「もう一度旧校舎に行きますよ」
何て事ないように足立が言う。
「どうして」
「僕が頼まれたのは佐倉小花を見つける事で、昨日のは別人だと思われるからです」
えー。昨日みたいなのはちょっと。
何とかして逃げられないかと脳をフル回転させる。
昨日の幽霊は佐倉小花とは別人である。
だから佐倉小花を探しにもう一度、旧校舎に行く。
足立の言い分は尤もなように聞こえるが、果たして本当にそうだろうか。
確かに近道ではあるのだろう。
何しろ足立の目的は佐倉小花の発見なのだから。
だが、物事には順序と言うものがある筈だ。
二十年以上前の制服姿で徘徊する幽霊。それが佐倉小花の失踪と無関係とは思えない。
「なぁ、ちょっと質問なんだけど」
「どうぞ?」
余裕ある笑顔で促されて、思いついた事をそのまま口にする。
「元々いた幽霊に取り殺されるってのはあり得るのか?」
昨日の幽霊は二十年もの間、旧校舎を這いずっていると仮定する。
そんな執念だか怨念だかがいっぱいの幽霊なんだから、生きてる人間を取り殺す事もあるんじゃないのか。
「昨日の彼女が佐倉小花を殺したと?」
「ああ、可能性としてはゼロじゃないだろ」
俺の言葉を吟味しているのか、足立が腕を組んで考え込む。
地縛霊に殺されて地縛霊になったのだとしたら、昨日の幽霊が佐倉小花を離してくれない限り、旧校舎から連れ出すのは無理だろう。
だとしたら、昨日の幽霊の身元を探って、その死因を調べるべきじゃないのか。
「あり得ないとは言いませんが、可能性としては低いと思います」
あれ、そうなの?
キョトンと首を傾げる俺を見て、足立がどうでも良さそうに吐息をつく。
「昨日の幽霊には僕たちが見えていないようでした。つまり、生きてる者に興味ないんじゃないかと。それなのに佐倉小花を取り殺したりするでしょうか」
幽霊に取り殺されたのだととしたら衰弱死でしょうし。
続けてそう言う。
ああ、そうか。
確かな事は分からないけど、怪談話に出て来る佐倉小花は出血していたんだっけ。だったら、どこか怪我したって事だから衰弱死は当て嵌まらない。
幽霊がナイフで物理攻撃して来たら、怖いなんてものじゃないよな。そうかそうか。
「でも、旧校舎に出る幽霊は二人いるんだ。しかも、どっちも女子。何か関係があるんじゃないのか」
「興味ありません」
あ、ちょっとコイツの性格分かった気がするぞ。
推理小説は解説から読むタイプだな、きっと。
几帳面なのに面倒くさがり。
過程よりも結論が大事なんだろう。だから手っ取り早く答えを出そうとしているのか。
「もっと外堀から固めて行こうぜ」
結果を重視するなら効率良く進めたい気持ちはよく分かる。だけど、過程を素っ飛ばして結論に飛びついても、それが間違いだったらどうするんだ。こういうのはゲームと一緒だ。
こまめにセーブするのが大事なんだ。セーブポイントが遠いからって先にガンガン進んだら詰んだ時にどうしようもなくなる。
それなのに足立には理解できないらしい。怪訝そうに顔を顰めている。
「もう少し調べてみてからでも悪くないんじゃないか」
行方不明になった佐倉小花と旧校舎にいた片足のない幽霊。二人が同一人物ではないと推測できる以上、それぞれについて調べる必要はあるだろう。
だが、足立は胡散臭そうに俺をジットリと見つめる。
考えてる。さては俺が何を考えてるのか勘繰ってるな。
「悪くない提案だとは思いますけど、まさか……」
低く押し殺した声。まだ何も言われていないと言うのに、その声に狼狽してしまう。
まるで図星をさされたような気分だ。
しかし、続けられた言葉でそれが現実となってしまう。
「まさかとは思いますが、旧校舎に行きたくないからそんな事言ってるんじゃないですよね……?」
探るような目で俺の顔を覗き込んで来る。
お前、勘いいな!
なんて口が裂けても言えない。それを認めたら、きっとハードルを上げて来るに違いない。この数日で足立の性格は少し把握したんだ。
目が泳ぎそうになるのを必死で堪えて無表情を保つ。
それに騙されてくれたのか、やがて億劫そうな溜め息をこぼして足立が目を逸らす。
勝った!
「分かりました。先輩の言う通り、先に調べてみましょう」
そうだ、それがいいと思うぞ!
昨日あんな目にあったばかりで、すぐにまた旧校舎に行くなんてどんな豪傑でも無理だって。尻込みして当然だって!
「でも、僕は調べるあてがないので先輩にお願いしていいですか?」
え、俺に丸投げするつもり?
キョトンと首を傾げると、足立がその唇にニヤリと意地悪そうな笑みを刻む。
「先輩が言い出した事ですし、お願いできますよね?」
う……まぁ、一年生の足立と三年の俺じゃ持ってる情報網が違うし。
風紀委員なんてしてると、生徒間の噂なんて自然と耳に入るしな。
仕方なく、しぶしぶ頷くと足立が嬉しそうに言葉を続ける。
「じゃぁ、期限は今日の午後十時までにしましょうか」
「は……?」
「それなら日付が変わる前までに旧校舎に行けますよね?」
「え、ちょっと待て」
空耳か、何かと聞き間違えたか。
片足のない、いまだ血を流し続ける幽霊の出る旧校舎にそんな時間に行く気か?
午後十時って言ったら夜だぞ、夜。しかも深夜だ。怪談の冒頭でよく出る「草木も眠る丑三つ時」ってのまで数時間しかないんだぞ!
顔面蒼白とはこの事だ。
ハードル上げるどころか、こいつ巨大な山を作りやがった!
「放課後から単純計算しただけでも六時間はありますね。先輩なら何とかできますよね?」
ニコニコニコニコ。
無駄に可愛い笑顔を振りまきやがって、この性悪が。