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驚いたのは木村兄弟も同じだったらしい。息を飲んで正午を見つめている。
「信仰を持つのは人間ですから、時代と共にそれが変容するのは当然だと思います」
「じゃ、村の人たちが龍神を信じなくなったと……?」
木村が思わずと言った口調で問い掛ける。それに正午は緩く首を振る。
「いいえ、この山にいる限り水は貴重な筈ですから龍神への信仰は消えなかったでしょう」
「だったら……」
「龍神に捧げる七人の巫女。彼女たちは神への供物ですから、当然ながら神聖視されたでしょう。生贄として死ぬ運命にある娘たち……徐々に低年齢化して最後の方は幼児だった筈です。そして新しい信仰が生まれたんでしょう」
「あ、蔵にあった子供服」
仕舞い込まれた何着もの晴れ着。こんな山の中には不似合いなほど贅沢な物ばかりだった。
「ええ、捧げられる巫女そのものを神と同じように祀ったんです。恐らく病気や事故で死んだ子供たちも神として祀られた……分かりやすく言うなら座敷童と似ているのかも知れません」
そうなんだろう。捧げる子供を神聖視した結果、この村で死んだ子供たちを神として祀ったのだ。
七体の人形、そこに入っていたのはこの村で死んだ子供たちの魂だったに違いない。
あの人形は、七人みさきでありながら、実際は座敷童だったのだ。
「だから先代の木村家当主は冴子さんが持病を持って生まれた時に、諦めてしまったんです。人形に封じられた霊を成仏させるためには新たな死者が必要だと分かっていたんです」
「そんなの……どうとでもなるだろ」
人形が壊れて、そこから幽霊は追い出されてしまった。だったら、その仕組みを壊すのは簡単だった筈だ。全ての人形を壊せばいい。
「人形を壊した場合、成仏ではなく消えてなくなってしまいます。長年、この村を守って来た神ですから、出来る事なら穏やかに逝って欲しい。これは僕だけでなく修司さんの願いでもあります」
その為の祭か。
この村を守り続けた子供たちを成仏させるために、正午はここに来たのだ。もちろん、ばあさんが関わったからと言うのもあるだろう。でも、それがなかったとしても正午はこの依頼を引き受けたに違いない。
「高田綾人は森山さんの話を聞いて人形そのものが貴重なのだと思ったのでしょう。だから持ち出し、森山さんに見せて謝礼を受け取り、その後はどこかに売り払うつもりだったんじゃないですか」
酷いな。高田綾人はこの村の事情を知らなかったとは言え、余りにもえげつない。そもそも他人の家から物を盗むって時点で犯罪だ。
「どういう段取りになっていたんですか」
正午に促され、森山が首を傾げながら答える。
「高田くんが人形を持ち出してキャンプ場に来ると言うので、管理棟の裏で待ってたんだよ。大学生のグループがいるのは見えたけど、見つかったら面倒な事になると思って隠れていたんだ」
「待ち合わせの時間は?」
「午後二時に。最終のバスが四時だからそれまでに終らせて帰るつもりだったんだ。でも、幾ら待っても高田くんは来ないし、大学生のグループもどこかに移動してしまって……ちょっと怖くなったからここまで歩いて来たんだよ」
無人のキャンプ場が怖いと言うのは、痛いぐらい理解できてしまう。絶対に何か出そうだよな。
「ただ、ここまで来てみたけど……前に木村さんと会った時に余りいい印象を持たれてない事も分かっていたんで、どうしようかと」
それも何となく分かる。
森山は悪い人間ではないのだろうが、掴み所がない上にちょっと押しが強いと言うか……相手の都合を余り考えないタイプだ。
きっと修司さんに祭の事を根掘り葉掘り聞いた上、人形を見せろと迫ったに違いない。それに修司さんが戸惑うのも当然だ。
「最終のバスはもう出てしまっただろうから、陽が暮れる前には声を掛けなくてはと思ったんだけど、踏ん切りがつかなくて……この家の周りを歩き回っていたらこの子が家の中から飛び出して来て、そのまま裏に走って行くのが見えたんで追い掛けたって訳だよ」
それにしゃがみ込んだままの石井由香を見る。まぁ、一応は矛盾しないな。
石井真美がこの家に来たのは、俺たちが昼食をとろうとしていた時だから、えっと……遅くても午後一時ぐらい。キャンプ場から木村家まで、車でだいたい十分だ。人形を盗んで俺たちを誤摩化してキャンプ場に戻るなら、森山との待ち合わせ時間に充分間に合う。
あとは高田綾人を殺したのが誰なのか。それが分かれば終わりだ。
森山ではなく、俺たちには動機がないんだから大学生の誰かだろう。
同じ事を思ったのか、正午が石井由香に目を向ける。
「幽霊の声が聞こえたと言ってましたよね」
森山の話を聞いている内に落ち着いたのか、顔を上げて正午を見つめる。
「うん」
「でも、あなたがそれを訴えたのはこの家に来てすぐではなかった。どうしてですか」
「それは……だって空耳かと思ったから」
「高田綾人の死体を確認して、すぐに双子の真美さんが殺したと思ったのは何故ですか」
「だって、真美はずっと綾人の言いなりで……だから、私!」
「幽霊に殺されたと思ったんですね」
石井由香の言葉を遮って正午が言う。それにビクリと震えて、目に涙を溜める。
「そんなのある訳ない!真美が殺したのよ!」
「そう、あなたにはそう思う方が安心だった。何故なら高田綾人が幽霊に殺されたのなら、あなたも幽霊に殺されるかも知れないからです」
「う……」
丸めていた身体を更に丸めて石井真美が泣き出す。
「だって」とか「でも」とか何の言い訳にもならない言葉を切れ切れに叫ぶ。
「あなたには幽霊に祟られる心当たりがあったし、高田綾人が幽霊に殺される理由があると知っていた。だから子供の声で『死ね』と言われて怯えたんですね」
「どういう事だ?」
泣きじゃくる石井由香からこれ以上聞き出すのは無理だろう。だから正午に問い掛けると、「子供の幽霊を勘違いしたんでしょう」と冷静な声が返って来る。
「水子の霊だと、堕ろした自分の子供の幽霊だと思ったんでしょうね」
「へ……?」
「好き勝手に振る舞い、避妊に失敗したんじゃないですか。生む覚悟があるとは思えませんから中絶したんでしょう。その子供に祟られてると思って怯えたんですよ、この人は」
あり得ない話ではない。
楠本マナミに聞いたところによると、サークルの女は全員が高田綾人と関係があったと言う。だったら、その逆もあり得るだろう。
全員が節操なしに相手を変えて関係を結んでいたとしたら……石井由香は妊娠を知って狼狽した筈だ。何しろ、父親の心当たりがあり過ぎる。だから生んで育てるという選択はせずに中絶したのだ。その子が幽霊となってあらわれた、そう思い込んで取り乱したのだ。
「紗季の様子見て来ていい?」
唐突にそんな事を言い出したのは森だ。
急にどうしたんだ。
俺の顔色から察したのか、森が顔を顰めて言葉を続ける。
「モラルの低い人たちの集まりなんでしょう。二階に紗季が寝ているって知ったら何をするか分からないじゃない」
正午が霧吹きで何かしていたから、池水に何かあったら分かると思う。それに池水の中には白尾が入ってるんだから襲われそうになったら、呪い殺すぐらいするだろう。人間とは違う道理を持っているみたいだし。
でも、それを森に言う訳には行かない。池水に俺の狐が取り憑いてるなんて言ったら、それこそ何をされるか分からない。
「そうですね……では、木村さんたちも二階に移動して下さい」




