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言うだけ言って池水は布団の上にパタリと倒れてしまう。電池切れでもしたようにスヤスヤと寝息を立てている。
憑依されても自我のない池水は抵抗をしないから大丈夫だと言う話だったが、それでも少しは消耗するらしい。
おっかなびっくり布団を掛けてやると、すぐに熟睡の体勢に入ってしまう。それを確認して正午がまたもや霧吹きでシュッシュッと何やら振りかける。
何か意味があるんだとは思うんだけど、こう……何て言うか消臭スプレーみたいだな、それ。
そんなどうしようもない感想を抱いているのがバレたのか、正午が非難するような眼差しを向けて来るので、慌てて目を逸らす。
「僕がここに来たのは龍神を説得する為です」
「え?」
突然の話に頭が付いて行かない。
ばあさんが木村家から依頼されて、龍神に差し出す生贄を誤摩化す仕組みを作った。それを遂行する為に正午はここに来た……そう聞いたんだけど、違ったのか?
「人形が壊されてしまったので、そのまま続ける事は無理になりましたが……そもそも、僕が依頼されたのは龍神を何とかして欲しいと言うものです」
「何とかって、どうやって」
「修司さんは修一さんが成人するまでにこの山を手放したいそうです。そのためには龍神を何とかしなければならない。その方法を探してくれと言われたんですよ」
「何とかなるものなのか?」
水が貴重な時代だったのだ。流れる滝を見て、そこに龍が住んでいると信じて、祀る。
生贄まで捧げて大事にしていたのに、用がなくなればいらないと言うのか。
しょうがないのかも知れないけど、自分勝手だよなと思ってしまう。
「何かを信じる心が信仰なのだとしたら、信じる人がいなければ神もまた存在しないんですよ」
それは分かる。この世界の何もかも、人間がいなかったらただ存在していただけだ。
人間がいなくても、ここに山はあったろうし、滝もまた流れていただろう。
それに意味を見出し、名前を付け役割を与えたのは人間だ。
生贄を捧げろと言われて捧げたから水に困る事はなかった。だが、捧げなくても同じ結果になったかも知れない。過去と現在と未来は繋がっているのだから、残された結果は一つきりだ。どれが正しい選択だったのかなんて誰にも分からないのだ。
だから龍神を作ったのは、この村に住んでいた人々だ。
「そうは言っても信仰を集めていた期間が長いので、簡単には消えないでしょうね。曲がりなりにも神ですから力づくでは適いませんよ。だから礼を尽くして頼むしかないんです」
「だから祭をするのか」
「はい。それなのに面倒な事が次々起こって困ったものです」
人が死んでいるのだから面倒と言ってしまっていいのかどうか迷うところだ。
そう言えば、高田綾人は何者かに人形を盗めと言われて、ここに来たんだったな。その依頼をしたのは、この村に住んでいた森山って人らしいけど、三十万も払って何のためにそんな事をしたんだろう。
人形が高価なものだから売り払おうとしたのか、それとも祭の邪魔をしたかったのか。
でも、それならどうして人形を壊すだけでなく高田綾人を殺したんだ。
値段を吊り上げて来たとか、弱みを握られたとか……いや、そもそもどうして盗めと頼んだ本人がここに来たんだ?
目的はともかく、人形を盗めと指示を出す。その大学生が信用ならないから監視のためにここまで来たとは考えられる。でも、それなら自分で盗めばいい話じゃないか。
何だかチグハグだな……。
正午に問い掛けてみると、「興味ありません」と素っ気ない返事をされる。
「僕はここに祭をするために来たんです。誰が誰を殺そうと、関係ありません」
不謹慎な……でも、それは龍神にも言える事なんじゃないのか。
生贄を寄越せと言ったり、木村の両親を祟りで殺したらしいから何となく怖いものって感じたけど、本質はただの滝だ。
そして、悪意をもって人間を殺すのは人間だけだ。
だったら、高田綾人に悪意を持っているのは誰だ。
俺と正午は違う。森と池水、木村兄弟も高田綾人と面識はなかっただろう。
つまり大学生グループの誰かって事だ。
石井真美以外は全員がキャンプ場で酒盛りしていた。それに楠本マナミが言っていたように、石井真美が高田綾人に都合よく弄ばれていて、それに気付いたとしたら……動機として充分じゃないだろうか。
アリバイがない上に動機はある。あとは何か証拠があれば確実だろう。
でも、と思う。
高田綾人の死体を見た時の表情、あの驚きは演技には見えなかった。怯え逃げ惑っていた。死体を見た時の反応として当然だろう。
寧ろ、死体の横で取っ組み合いの喧嘩をしていた双子の石井由香の方が異常な反応だ。異常と言うかヒステリックだったと思う。
「あ、しまった」
つい声を漏らしてしまったのは、キャンプ場の近くにあった車輪の跡を思い出したからだ。
もし、自転車があったならキャンプ場にいた四人にもアリバイがなくなるかも知れない。
石井真美が高田綾人と一緒に木村家に来て別行動を取って、俺たちが死体を発見するまでに掛かった時間。それが長ければ長いほど、犯人にとって余裕があったと言う事になるんじゃないのか?
「どうかしたんですか?」
「なぁ、龍神の結界ってどこまで含まれてるんだ?」
そう聞き返すと、正午が考えるように首を傾げる。
「ハッキリとは分かりませんが、キャプ場から木村家の敷地までだと思います」
「だったら犯人は祭が終るまで逃げられないって事だよな?」
「たぶん」
俺も出られなかったんだ。犯人が龍神の結界を突破できる筈がない。
だから、犯人はキャンプ場に戻るしかなかったのかも知れない。




