16
そう言えば、昼食時に池水は白尾を見ているようだった。って事は、あの後に取り憑かれたのか?
「あの時は他のものに憑依されていたんですよ」
「は?」
「霊媒体質の所為もあるんでしょうけど、長年受け入れ続けた事によって更に垣根が下がったんじゃないですか」
池水はそんなにヒョイヒョイ取り憑かれまくってたのか?
そうは思うが、心のどこかで納得してしまう。
何を話しかけても返事すらしない。表情一つ変えず、ボンヤリとした目で見つめられるだけなのだ。それが気味悪いのか、誰も池水に近寄らない。その癖、勉強は出来るし与えられた役割は忠実にこなす。だから副会長になったんだけど……正午の説明でやっと分かった。
池水は空っぽなのだ。いや、中身がその都度違っていたのだ。
そりゃ、無表情にもなるか……って、ちょっと待って。幽霊ってみんな真顔なの?花子さんみたいなのはレアなのか……?
ふと思いついた疑問を正午にぶつけると、どうでも良さそうな溜め息が返って来る。
「その目的までは分かりませんが、憑依されていると周囲が知ったらどうすると思いますか」
信じる信じないは、この際置いといて。
そうだな、安易ではあるが神社やお寺に相談するかな。
「はい。それで解決するかどうかは兎も角、祓われてしまうかも知れない。だったらバレないように気をつけると思いませんか」
あぁ、成る程ね。池水に取り憑いた霊が無表情無感情を装っているのは、ある種の自己防衛本能な訳か。
「ここは龍神を祀っていた所為もあって、聖域になってるんだと思います。だから、それまで池水さんに取り憑いていたものは自然と振り落とされたんじゃないでしょうか」
そうだよな。バスを降りた時から何となく空気が違うような気がしてたんだし、今となっては結界で閉ざされているんだ。池水に取り憑くような幽霊がいるとは思えない。
「じゃ……あの時、池水が変な事言ってたのは何なんだ」
俺に『狐』と言い『セーラー服』と言ったあの時。池水の様子はおかしかった。普段からおかしいと言えばおかしいのだが、あの時はゾッとする何かが確かにあったんだ。
「……憑依されていたからだと言いましたよね」
「でも、ここにはいないって」
「ここは龍神のテリトリーですが、強い因縁のあるモノならば入って来てしまうようです」
あ、そうか。花子さんは俺にくっ付いて木村家に入って来れたんだった。他に紫狼と白尾も。
「え……もしかして俺が連れて来たとか言うのか?」
厭な予感がして怖々、正午を見る。
憂鬱そうな溜め息をついて、正午が答える。
「違いますよ。僕が連れて来てしまったんです」
「は……?」
正午が……どうして。紫狼みたいな式神とか……?
だけど、式神なら正午の言う事を聞く筈だ。
「血縁者よの」
それまで黙っていた白尾が可笑しそうに呟く。
血縁者って誰の。
そう問おうとして白尾を見るが、俺の中にいる紫狼が低い声で唸り出す。
「シロウ、」
正午が呼ぶと、ピタリと黙る。よく訓練されてるな。
そして心底ウンザリとした顔つきで正午が口を開く。
「狐が言った通りです。現在、この家を徘徊している少女……あれは僕の妹です」
妹って……いつか見た白昼夢がフラッシュバックする。
比与森の家だ。広い庭を歩く黒装束の人々。微かに聞こえる読経の声。
たった八才で死んでしまった俺のイトコ。
「どうして……だって、正午の妹って白尾に……」
「覚えておらぬ。名を付けられた事で我は変容したのじゃ」
気が動転する余り口の中で呟いた言葉を、白尾がピシャリと拒絶する。
「それに呪いを放ったのは比与森ツルじゃ。我はただの道具よ」
そう……だった。白尾はばあさんに使われていただけで、俺の母さんや正午の妹が死んだのはただの反動。そこに誰かの意思なんてないんだ。
「成仏していないのは分かっていたんですが、そのうち消えるだろうと放って置いたんです」
「妹なのに?」
「妹だからです。あの時、朝日が死んだのは半ば偶然です……僕と朝日、どちらが死んでもおかしくない状況でした」
朝日と言うのが妹の名前らしい。朝と昼、もう一人兄弟がいたら夜だったのかも知れない。
いやいや。そんな事より、問題なのは正午の発言だ。
確かに二人は双子だった。二卵性とは言え、比与森の血を同じく受け継いでいた。
でも、呪いに順番があると言っていたのも正午だ。
男よりも先に女を、子がいればその子も。
だから、俺としては正午の言葉には頷けない。
朝日が死んでしまったのは悲しい。それを食い止める事が出来なかったと悔やむのも肉親ならばしょうがない。
だからって自分が死ねば良かったとも取れる発言は頂けない。生き残った者として、それは言っちゃいけない事だと思う。
「おかしな事を……血筋を絶やすのが目的ならば、女子供から殺すのが筋というものよ」
嘲るように白尾が言う。
「勘違いしておるようだから教えてやるが、あの女童は誰の事も恨んではおらぬぞ」
「え、」
驚きに息を飲む。
朝日という俺のイトコは確かに非業の死を遂げた。その後も成仏せずこの世に留まっていたらしいが、俺はそれが恨みの所為だとは思っていなかったのだ。
それなのに白尾がそんな事を言ったのは……きっと正午がそう思っているからだ。
だから、正午は自分が死んでいたかも知れないなんて言ったのか。
「誰の事も恨んでおらぬ、ただ注目を浴びたいだけじゃ」
「でも、死ねって」
大学生どもがそう聞いたって騒いでいた。それって生きてる人間を恨んでるからじゃないのか?
なのに、白尾は「違う違う」と手を振る。
「言葉の意味など考えておらぬ。あれはただ純粋に無邪気なだけよ」
それにしては物騒な言葉をチョイスしたもんだな。
「問題なのは、誰の注意を惹きたかったじゃが」
そう言うと意味ありげな目で俺を見る。池水の顔でそんな目で見られたら、何だか心臓に悪い。
「お主よ」
「は、俺?」
何で!
イトコだったし、比与森の家にいた頃は一緒に遊んだ事もあったかも知れない。でも、俺はばあさんの所為で何も覚えてないんだってば!
「望みを叶えてやれば良いだけじゃ」




