12
「お帰りなさい」
酔っ払いどもを降ろして引き返して来た修司さんの車に途中乗せて貰ったが、最初の予定よりも遅くなってしまった。
「準備は?」
仲間のもとへと向かう楠本マナミを鋭い目で睨みつける正午に問い掛けると「終っています」と返事がある。
「あとは部屋にこもって一晩過ごすだけです」
「そうか……ところで警察に電話できなかったんだけど」
「修司さんから聞きました。祭を前にして龍神の結界が閉じたんでしょう」
やっぱりそういう事だったのか。
ふむふむ納得していると、花子さんがフラッと廊下を歩き出す。
歩き出すって言うか、滑るって言うか。足が動いているようには見えないけど、前に進んでいる。まぁ、幽霊だし。
それにしても、ここに来て花子さんの様子がいつもと違うなと思う。
自由に動き回っているのはいつもの事なんだけど、その活動範囲が少し狭いような気がする。龍神がいる所為かな。
そんな事を考えていたら家の裏手から女の金切り声がする。
何事かと、正午と顔を見合わせてそちらに向かうと石井真美ともう一人が掴み合いの喧嘩をしていた。髪型は少し違うけど、顔はそっくりだ。姉妹かとは思ったが、双子だったようだ。
「二人ともやめてよ」
そう仲裁に入ったのは俺と一緒に来た楠本マナミだ。
この野郎とか何とか、女とは思えない言葉遣いでお互いを罵っていた石井姉妹だが、楠本マナミを見ると、二人揃って目を吊り上げる。
「綾人が殺されたのよ、こいつが殺したに決まってる!」
あー、死んだ高田綾人の確認に来て、この修羅場って訳か。
「分かったから二人とも落ち着いて」
楠本マナミはそんな二人をまるで相手にしていないように冷たく言う。同じサークルの仲間だってのに、冷淡だな。
「玲也と拓土はどうしたの」
「女子高生見た途端、鼻の下伸ばして付いてったわ」
女子高生って、森か。大丈夫かね。
森は見た目、優等生っぽい美少女だけど実際は過激な性格してるからなぁ……飲みサーだかヤリサーだかの大学生がどうこう出来る奴じゃない。むしろ、男どもの方が心配なぐらいだ。
「そんな事より綾人を殺したのが誰かって事よ!」
石井由香がそう叫んで、双子の片割れを睨みつける。
「真美が殺したに決まってるわ、私たちはずっと一緒にいたんだもん!そうでしょ、マナミ!!」
その言葉に楠本マナミを見ると、何を考えているのか無表情に頷く。
「そうね、真美以外は全員キャンプ場にいたわ」
「ほら、やっぱり!」
「違う、私じゃない!」
怒鳴り合ってる間もお互いの髪を引っ張るわ、爪で引っ掻くわ。女って怖ぇ。
怖じ気づく俺の脇腹を正午が肘で突ついて来る。喧嘩を止めろって事らしい。
いや、無理だから。俺にそんな事ができる訳ないから。
首をプルプル振っていると、庭に面した廊下に森がやって来る。その手には水色のポリバケツ。
アッと思った時には石井姉妹に向かって水を浴びせていた。
「ギャーギャー煩いわよ」
俺は前にも見た事あるので、そこまで驚かない。学校にいたギャルに高笑いしながら水掛けてたからな、森は。
でも、始めての体験だった石井姉妹は、濡れたままポカンとしている。当然だ。
「いつまでそんな所にいるの」
俺を見て素っ気なくそう言うと、バケツを片手にさっさと引き返して行く。
大学生三人は毒気を抜かれたように突っ立ったままだ。秋とは言え、濡れたまま放っておいたら風邪を引く。
何とか三人を中に押しやり、その後に続こうとしたのだが、正午にシャツを引っ張られて足を止める。
「ちょっと、こっちに」
促され先を歩く一団から離れて、別の廊下を進む。この先にあるのは人形がしまわれていた蔵か。
その予想は正しく、こじ開けられた蔵の中へと正午が入って行く。
「さっき見つけたんです、古いと言う以外は何も分かりませんけど」
そう言って差し出されたのは、赤ん坊をあやす時に使う玩具だった。振るとガラガラ音がする。
「この家に住んでいた頃の物か……」
だとしたら木村家が住まいを移す前と言う事になるので、二十年以上昔の物になる。ひょっとしたら戦後すぐの物かも知れない。
そう思うと確かに、かなり古い物のように見える。でも、その割に破損していのが気になるな。
他にも子供服やおくるみなどがある。
「修司さんが小さい時の物とか?」
住まいは移したけど、倉庫代わりに使っていたのかも知れない。それなら使わなくなった物がしまってあったとしてもおかしくない。
「それはないでしょう」
思いつくまま言ってみたのだが、何故か正午がキッパリと否定する。時代的に合わないって事か。
「よく見て下さい、女の子用の服ばかりですよ」
あ、本当だ。
ポンポンやリボンが付いた服ばかりだし、色も赤やピンクが多い。
「そう言えば修司さんの上に女の子がいたんだよな」
その子が死んでしまったので、木村家は信仰を捨てたんだった。
値札の類いは取ってあるが、きっと新品なのだろう。もしかしたら、長女が死んだ後にも木村の両親は買い揃えてここにしまっていたのかも知れない。
「もっと昔のもあります」
その言葉に振り返ると、正午が躊躇なく長持ちのような木箱を開けているところだった。止める間もなかったので黙って覗き込むと、子供用と思しき鮮やかな色の着物が畳まれていた。
一目で晴れ着なのだと分かる。だが、綺麗なので古い物かどうかは分からない。
正午がそう言った根拠はその下に敷かれていた新聞紙だろう。茶色く変色している上に、目を凝らせば1960年と書いてある。
「全部をあらためた訳ではないので断言はできませんが、かなりの量の子供服がしまってあるみたいです」
「着物なら絹だろうし、捨てるのは勿体なかったんじゃないか?」
「サイズが合わないからと言って捨てる習慣は当時なかったと思います。糸を解けば仕立て直せたんですから……それに、どれも袖を通した形跡がありません」
「新品なのか、全部……?」
木村の両親だけなら、幼くして死んでしまった長女を忘れられなかったと説明がつく。だが、何代にも渡ってとなると少し話が変わって来る。
そもそも、ここは貧しい集落だったのだ。まとめ役の木村家にしても、子供に絹の晴れ着をそう何着も用意できたとは思えない。
「それに他にも気になる事が……」
正午がそう言いかけた時、二階から激しい物音が聞こえる。続けて女の金切り声。
またかよ。今度は何なんだ。
二人で顔を見合わせて溜め息をついて蔵から出る。




