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旧校舎を出た所で、足立がふと立ち止まる。
「まだお時間いいですか」
言われて時計を見ると、既に下校時間を過ぎていた。
だが、家に帰ったところでする事もないし、何より落ち着かないだろう。だから足立の言葉に「ああ」と頷く。
場所を移動して、住宅街にほど近い所にあるファミレスだ。
平日だからか、それとも普段からなのか。夕飯時だと言うのに客の数が少なくて、他人事ながら心配になる。
まぁ、それは兎も角。
ハンバーグを頬張る足立をつくづくと眺め、呆れの溜め息をこぼす。
ついさっき血みどろの幽霊を見たばかりでハンバーグとか……この子の神経どうなってんの。
そう言う俺は食欲なんかある訳なくて、珈琲一択だ。それすら喉を通らないんだけど何も頼まない訳には行かないから仕方ない。
粗方食べ終えた足立が「ご馳走さまでした」と呟くのを聞いて、俺の奢りだっけ?と首を捻る。まぁ、それぐらい払えない訳じゃないけど何となく釈然としない。でも、それを言ったら全てが釈然としないんだから今更か。
「さて、今後の方針を話しておこうと思います」
そう言ってノートを取り出し、何やら書いて行く。興味ないけど、身を乗り出して覗き込むとこれまでの出来事を纏めているらしい。
佐倉小花、行方不明
駅で目撃したという証言あり
その後の足取りは不明
続けてさっき見たのも書いて行く。
旧校舎の廊下で幽霊を目撃
右足欠損。首からも出血。死因は不明
足立のメモを見て、考える。
さっきの幽霊は右足と首に大怪我負ってたって事だよな。それが原因で死んだとする。そこまではいい。納得できる。
だが、どんな事故に遭えばそんな大怪我を負うんだ?
俺の疑問に答えるように足立が口を開く。
「事故じゃないと思います。誰かが彼女を殺したんでしょう」
え。
殺人事件だと言うのか?
そりゃ、さっきの怪我を見ればそう思うしかないような気はするけど、だからって自分の身近で殺人事件なんて……絶対にないとは言わないけど、想像してなかったと言うのが本音だ。
「そして恐らく……彼女は自分の右足を探しているんだと思います」
そうなのか?
もし、俺が自分の手足を失ったらどうだろう。
そりゃショックだ。最初は信じられないだろう。
だからと言って、それを見つけ出してどうすると言うんだ。上手くすれば手術でくっ付けられるかも知れない。でも、肝心の本人がもう死んでいるんだ。足をくっ付けても意味がない。
「こういうのは理屈じゃないんですよ」
苦笑しながら足立が続けて言う。
「生まれた時の姿でないと成仏出来ないという考えもありますから」
そういうものだろうか。まぁ、死んだ事のない俺がこれ以上あれこれ考えても答えが出る筈ないか。
「そういう訳で今日は無駄足でしたね」
「え?」
何を言うんだ。
佐倉小花の幽霊が出ると聞いて旧校舎に行って幽霊と遭遇したんだから、無駄足ではないだろう。そうじゃなかったら怖い思いまでして行った俺が報われない。
「先輩は佐倉小花の顔を知ってますか」
知る訳ない。何しろ五年前に行方不明になっているんだ。その頃、俺はまだ中学生だったんだって。
そう告げると足立が鞄から写真を取り出す。家族から預かっていたらしい。
写真を見て、うーんと唸る。
似てると言えば似ているけど、違うと言われたら違うような気もする。
女子の顔なんてそうマジマジと見ないし、更に言うならさ幽霊を凝視する度胸が俺にある筈もない。
強いて言うなら髪の長さは同じくらいか……?
「別人でしょう」
俺の考えを見抜いたように足立がズバッと言う。
「俺には同じように見えるけど」
そう言い返すと、足立が肩を竦める。
どうして呆れられなきゃいけないんだ。全くもって解せない。
「写真を見せる前に言って置くべきでしたね。さっき見た彼女の服装、覚えてますか」
忘れられる筈がない。あんなにグロい幽霊を見たのは始めてだ。
「制服だったな」
「もっと具体的に」
そう言われて全体像をぼやかして脳内で再生しようと試みる。
長い髪が乱れて背中に掛かっていた。あと、足立が足を見ろと言うからそっちも見たか。
「紺色のスカートに赤いスカーフ……」
言いながら自分でもおかしいと気付く。
さっきの幽霊は冬服姿だった。それは別におかしくない。
死亡した季節がいつだったのか俺は知らないんだから、それが冬だったとしても矛盾しない。だが、幽霊が着ていたのはセーラー服だ。乱れた髪が三角形に折られたスカーフの上に散っていた。
でも、うちの制服は男女ともにブレザーだ。グレーのジャケットにチェックのスラックス、女子は同じ柄のスカート。
「やっと気付きましたか。確認していませんけど、佐倉小花がいた時代も制服はブレザーだったと思います」
その可能性は高い。制服に詳しい訳ではないけど、地元民だから何となく分かる。俺が物心付いた頃にはこの界隈の学校は殆どがブレザーだった筈だ。セーラー服なんて間近で見た事もない。
だとしたら、さっきの幽霊は誰なんだ?
首を傾げる俺を見て、足立が困ったように溜め息をつく。
「思ったよりも面倒な事になりそうですね」