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そこまで考えた時、乱暴に襖が開く音がしてハッと顔を上げる。
視線の先には何を考えているのか分からない不機嫌顔の森。その隣には洗ったばかりで少し素朴な顔になった先ほどの女。
居間にいる四人の注目を集めて狼狽えているのか、女が手をモジモジとさせる。だが、僅かな躊躇いすら許さない森がその背中を軽く押す。
「いつまでも突っ立ってないで、さっさと座って」
追いやるように畳に座らせ、自分は座布団を持って来て腰を落ち着ける。そして誰に遠慮するでもなく、ちゃぶ台に置かれたいなり寿司を取り分け食べ始める。
前にも増して性格が荒くなったな、失恋の所為か?
繁々とそんな森を眺めていると、どこに行っていたのか花子さんが閉まっている襖を音もなく通り抜けて来る。
慣れたと思っていたけど、如何にも幽霊らしい事されたらやっぱり無理だ。うん、怖い。
ビクッと震える俺を見て、花子さんがニッコリしながら大きく頷く。もしかしてバカにされてるのか?
視界からシャットアウトしているのか、或いはどうでもいいのか。正午が女の前にメモ帳を投げつける。
「そこに全員のフルネームを書いて下さい」
仲間が死んだ事にビビっているのだろう。素直に頷くと修司さんに手渡されたボールペンをサラサラと走らせる。もしかしたら正午が言った前科がついて退学ってのに怯えているのかも知れない。
石井由香、真美に続いて楠本マナミ、沢渡玲也、巻野拓土。そして高田綾人。
苗字が同じなので由香と真美は姉妹なのだろう。そしてさっき名前が出なかったから目の前の女の名前は石井真美。死んでいたのは高田綾人と言うらしい。
「車は何台ありますか」
「三台で来たけど……」
ここにいるのは修司さんを除いて全員が石井真美より年下なのだが、オドオドと目を泳がせている。
まぁ、その気持ちは分かる。
正午には脅されたようなものだし、木村には足を引っ掛けられ、森も味方ではないと分かっているのだろう。修司さんと俺は何もしていないのだが、見た目が怖い。主に俺の目つきがな。
「全員グルなんですか」
「え、それは」
何故かそこで言い淀む。意味もなく「でも」と「だって」を繰り返している様子は、悪くないもんと言い張る子供と大差ない。つまり言い訳を考えている訳だ。
「後で全員から話を聞きますから、今ここでグルだったと言ってそれが嘘だと分かった場合、あなたは将来だけでなく友人も失う事になりますよ」
逃げ道を塞ぎながら容赦なく追い詰めて行く。冷たいと言われても仕方ないのかも知れないけど、目の前にいるのは窃盗の共犯者なのだ。優しくしてやる道理などない。
「綾人が手伝ってくれって私に……だから他のメンバーは単に季節外れのキャンプだと思ってるんじゃないかな……って」
誰に頼まれたのか知らないが、俺の感覚からしたら三十万は無視できない金額だ。アルバイトで稼いだとしても大学生なんだからたかが知れてる。ほんの少しの手間でそれだけの大金を稼げるなら誘いに乗ったとしてもおかしくはないだろう。
「誰に頼まれたんですか」
「知らないよ、本当に!綾人が学食で声掛けられたって言ってたから同じ大学の人だと思うけど」
「なるほど、分かりました」
そう相槌を打った正午が顔を上げて修司さんを見る。
「彼女の仲間を迎えに行って下さい」
「それは構わないけど……」
修司さんが歯切れ悪く言い淀む。何が気になっているのかと思わず目を向けると「祠の準備は」と言葉を続ける。
忘れてた。そう言えば俺たちはその為にここまで来たんだった。
「もちろん、します」
そうだよな。人が死んだからと言って延期にはできない。何しろ、さっきの話だと儀式をしなかったらまた人が死ぬかも知れないんだ。それで死ぬのは木村兄弟だろうし。
「司郎、残りの人形を急いで祠に運んで下さい」
「ああ」
「それが終ったら修司さんと一緒にキャンプ場に行って貰えますか」
「何で俺が?」
そう問い返してから、すぐに正午の考えに気付く。
修司さん一人をキャンプ場に行かせて何かあっても俺たちには分からない。何しろ五対一だ、修司さんは少し細いだけに抵抗されたら一堪りもないだろう。だから、言い出しっぺの俺に付いて行けと言うのだ。
「森さんはお供えの準備を、修一さんは警察に連絡を」
「それなんだけど」
そう声をあげたのは、何故か森だ。このタイミングで何を言おうとしているんだ。
「ここって普段は空き家なんでしょう。だったら固定電話なんてないと思うんだけど」
森の言葉に木村が当然だとでも言うように頷く。
人がいないなら電話引く理由ないしな。そう納得していると「携帯も通じないんだよね、ここ」と森が言う。
「キャンプ場まではギリギリ通じると思うけど、ここは電話も通信も無理」
そう言ってポケットからスマホを取り出す。
森の言う通り、確かにアンテナが立ってない。
「だからキャンプ場に行く人が警察に連絡するしかないと思うよ」
「修司さん、頼めますか」
「ああ。携帯が通じなくても管理室に電話があるから何とかなる筈だよ」
「お願いします」
正午がそう頭を下げるのと同時に木村が「じゃ俺は何したらいいんだ」と口を挟む。
祭の準備と言っても、木村家の人間は祟りの所為で関われない。かと言って、この状況で他に出来る事なんてあるのか?
「……現場の保存をお願いできますか」
現場って死体のある所だよな。
そりゃ確かに刑事ドラマとか見てたら、現場の保存って大切だよなって思うよ。でも、こんな普段は住んでいない屋敷で死体を見張るのは俺だったら尻込みする。俺以外でも普通は厭だろ。とか思ってたら木村が正午に頷き返す。
「ああ、分かった」
え、マジか。
信じられない気持ちで木村を見ると、至って落ち着いた態度と顔色だ。
どんだけ剛胆なんだ、お前は……いや、違うな。
木村の場合、恐怖よりも面倒臭さが先に立っているだけだ。
動き回るよりも死体の傍にいればいいだけの方が楽に決まってる。心臓に毛が生えているとしか思えないけど、そういう奴だ。
それぞれの役割分担が終ったところで、全員が腰を上げようとする。
その瞬間、スッと音がして背後の襖が開く。立っていたのは池水だった。
ビックリしたぁ……。
ホッと胸を撫で下ろしていると、池水に森が心配そうにそっと近づく。
「紗季、もう大丈夫なの?」
森の問い掛けに返事をするでもなく、しっかりとした危なげない足取りで居間の中央へと進む。
「血の匂い」
ボソリと呟かれた言葉に、正午以外の全員がギクリと震える。
池水は部屋で横になっていた。
何があったのか誰も話していない筈なのだ。それなのに、真っすぐ石井真美を見て「不浄の匂いがする」と再び口にする。
「な、何……不浄って」
面と向かって汚いと言われたようなものだから、石井真美が怒りながらも狼狽した声を漏らす。
池水の顔には、人形のように何の感情も浮かんでいない。整った顔立ちと相まって、いっそ神秘的ですらある。
その様子に気圧されたのか、全員が凍り付いたように動けない。だが、正午だけは違った。
「シロウ……!」
鋭い声、それが発せられた途端、俺の右目がカッと熱を持ち犬が飛び出す。
耳元で犬が吠える声がする。鼓膜が破れそうだ、そう首を竦めるが、森と木村にはシロウが見えていないのだろう。何事かと目をキョロキョロさせている。
だが、池水はハッキリと顔を顰めた。
まさか見えているのか?
オロオロしてる間に池水がその場に膝をつく。どうしたんだ。
「紗季!」
慌てて森が手を伸ばし、倒れようとする池水の身体を支える。ヒュー、男前。
「戻れ」
小さな声で正午が命じると、犬が音もなく俺の中へと戻って来る。
何だったんだ、いったい。
説明を求めて正午を見つめるが、プイと目を逸らされてしまった。正午くん、素っ気ない。
どうしようかと、代わりに全員の様子を窺う。
意識を失った池水を畳に寝かせている森と、それを手伝っている木村。呆然としている石井真美。そして、修司さんが探るような目で正午を見ていた。




