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居間を出る前にコッソリと森に池水の事を耳打ちする。
具合が悪いようだから休ませてると伝えたのだが、探るように俺を見て片方の眉を持ち上げる。
「何だよ」
「別に。様子見て来る」
それだけ言うと、さっさと居間を出て行く。それに肩を竦めて、正午を見ると女を促して外に出ようとしていた。仕方なく森と池水以外の全員で移動する。
先頭は女を挟むようにして正午と修司さんが並び、俺は木村と一緒に歩いている。
「お前の家って旧家とか言う奴だったのか」
何となく話し掛けると、木村が面倒臭いとでも言うように肩を竦める。
「俺も知らなかったんだ。兄貴に聞いた話だと、ここにいた頃は村長みたいな事をしていたらしい」
正午から聞いた話と合わせると、戦前かもっと昔の話だろうか。
「村長って言っても三十軒あるかないかぐらいの小さな村だったそうだ。祭の内容はもう聞いたか?」
「ああ。村の娘の代わりに人形を祠に飾るんだろ」
「三十軒しかないんだから七人も若い娘がいる訳ないだろって普通は思うけど、そう思わないのが神様ってものなのかも知れないな」
人間の常識が通じない。だから畏怖して信仰の対象とするのだろう。
そんな納得をしていると、先を歩く三人から悲鳴のような声が聞こえる。
何事かと、木村と一緒に早足で近づく。
女の乗って来た車だろう、変に可愛らしい軽自動車が道の脇にとまっている。その傍には見覚えのある木箱。蔵にあった人形が入っていた物と同じだ。
悲鳴をあげたのは女のようだった。その証拠に、女は口を押さえて木箱をジッと凝視している。
「何があったんだ」
ただでさえ森の中で光が充分に届いているとは言えない上に、そこは車の影になっているのだ。俺たちがいる所からは異常があるようには見えなかった。
だが、傍に行って漸く分かる。
車のトランクから血が滴り落ちている。
「キーを」
修司さんが手を出すと、女がビクリと震える。
「持ってない……アヤトに渡したから」
その言葉に周囲に目を走らせるが、俺たちの他に人影はない。修司さんが運転席に回り込む。
「キーが差しっぱなしだ」
そう呟くと、上半身を中に入れる。
同乗者は恐らく、女が戻ったらすぐに逃げるつもりだったのだろう。
ガコッと僅かに持ち上がったトランクの蓋を全員がマジマジと見つめる。
正午がそれに手を掛けようとするが、素早く戻って来た修司さんがそれを押しとどめる。
「私が」
それに頷き、正午が一歩下がる。修司さんが両手を使ってトランクを開け、すぐに顔を顰める。
隣に並んで中を覗き込むと、そこには若い男が身体を折り曲げるようにして絶命していた。
飛び出さんばかりに大きく見開かれた両目、今にも叫び出しそうに開いた唇。その首は切り裂かれ、起こしたら不安定に揺れそうなほど傷が深い。
「いやぁ、アヤト!」
女が叫びながら後ずさる。駆けつけるのではなく、逃げようとした。
それに二人の関係が垣間見えたが、そんな事はどうでもいい。
「死んでいますね」
いつの間に来たのか、俺の背後からトランクを覗き込んだ正午がボソリと呟く。事実だけを述べた冷たい声だが、それが女の混乱に拍車を駆けてしまったらしい。
訳の分からない奇声を発しながら手を振り回し駆け出そうとする。
「木村!」
一番近くにいた木村に声を掛けると、心得ていたのか、サッと足を出して女を転ばせる。咄嗟の行動だとは思うが、もうちょっと……こう何かあるだろ。
そう呆れはするが、性格が激しく面倒臭がりな奴の事だ。他意なく、労力の少ない方法を選んだに違いない。
俯せに倒れた女は癇癪を起こした子供のように叫び声を上げながらジタバタと暴れている。足音をさせずに近づいた正午が手を貸して起き上がらせる。
涙と鼻水で化粧が流れてグチャグチャになっている。しかし、それを笑える者はこの場にいない。
あぅあぅと意味のない嗚咽を漏らす女の頬を軽く張って、正午が問い掛ける。
「死んでいるのはアヤトという人物なんですね」
非情とも思える質問だが、それに女が素直に頷く。
修司さんがトランクを閉めて、周囲をキョロキョロと見回す。明らかに誰かの手によって殺された死体なのだ。犯人が傍にいると思うのが普通だろう。
「司郎、箱の中を確認して下さい」
木村と二人で女を立たせながら正午がそう言う。その言葉に忘れかけていた箱の存在を思い出し、足元に転がるそれに手を伸ばす。
菓子折りなどの箱と違って、蓋はスライドするタイプだ。指を押し当て下に引くと、音もなく開く。
「……っ!」
恐怖の余り声も出ない。
怖ぇ!怖いよ!!
スライド式だから当然なんだけど、ずれた蓋の分だけ中が見える。その隙間からこっちを見上げる一対の目。本物かと思った、マジで。
多少はビビリが克服されたと思ってたけど、そんな事なかった。尻餅つきそうなぐらい驚いたって。
でも、箱の大きさは50センチ前後。こんなサイズの人間がいる筈ない。その常識が蓋を全部開けさせてくれた。理性って大事。
だけど、全貌を見た俺はやっぱり声が出ない。
隣にいる修司さんも驚いたように突っ立っている。
そりゃそうだ。
元は精巧に作られた人形なんだろうけど、何かの衝撃で胴体がまっ二つに折れてしまっている。精巧であればあるほど、目の前の壊れた人形は恐ろしくも不気味だった。
「どうですか」
「瞬間接着剤が必要かも」
俺の返事に正午がムッとしたように眉を寄せる。ふざけたつもりはないんだけど、そう聞こえてしまったのかも知れない。
「その程度で騙されてくれるなら、助かるんですけどね」
騙されるって、誰が?
そう思って正午を見るが、目が合う事はなかった。




