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文句の一つでも言ってやろうとするのだが、俺が口を開くと同時に外で車の音がする。
修司さんか?
そうは思うが、すぐに玄関が開いて「すみませーん」と女の声がする。
どこかオドオドとしたその声は奥まで届かないらしい。廊下にいる俺たちだって、辛うじて聞こえたぐらいだしな。
仕方なく玄関に向かうと、派手なミニスカートにモコッとしたセーターを着込んだ若い女がそこに立っていた。
「どちら様ですか」
俺より先に正午が女に問い掛ける。
その声の冷たさに気付いているのかどうか、女はどこかホッとした様子で薄らと笑顔を浮かべる。
「良かったー、人がいた。あのね、キャンプ場の水道が使えなくて困ってるの」
薮から棒に何なんだ。
この山にはキャンプ場しかないと聞いていたから、そこに来た客なのだろうか。
「ご飯作ろうとしたら炊事場に鍵掛かってるからビックリしちゃってー」
来た時はオドオドしているように見えたが、正午を年下だと見くびっているのだろう。タメ口な上に媚びるように語尾を伸ばして喋っている。
「キャンプ場が開いているのは夏の間だけですよ」
問答無用とばかりに、素っ気なく正午が答える。
「そうみたいだね、ご飯作れなくて困ってるんだよー」
いやいや、営業期間でもないのに炊事場が使える訳ないだろ。管理人だっていないだろうし、勝手に荒らされて火事にでもなったら堪ったものじゃない。でも、目の前にいる頭の軽そうな女はそう思わないらしい。
自分を中心に世界が回っていると思っている人種だな、これは。
「だから、水を分けて貰おうと思って」
「キャンプ場に何人いるんですか」
「えっと、私でしょ。あと、ユカとマナミとレイヤとタクト……だから五人だよ」
いちいち名前を言われても知らんがな。
そう呆れる俺をよそに女が背後に置いたポリタンクを正午に見せる。
「これに水入れて欲しいなぁって。あとトイレも貸して貰えたら助かるんだけどー」
どんどん図々しくなってくな。
正午もそう思ったのか、うんざりとした溜め息をついている。ここは俺がビシッと追い返してやるしかないか。
そう思って一歩前に出た途端、ザワリと身体中の皮膚が震える。寒さの所為ではない。たとえるなら黒板を爪で引っ掻いた時に鳥肌が立つ感覚に似ている。
「あ……?」
何が起こったのか理解できずキョトンとするが、鋭い舌打ちを漏らした正午が女に背を向けて素早く廊下を走り出す。
「おい!」
「その女、逃げないように捕まえておいて下さい」
呼び止める俺にそう言うと音もなく屋敷の奥へと消えてしまう。
何が何だか分からないが、あそこまで慌てる正午を見るのは始めてだ。ここは言われた通りにするのがいいだろう。
話し声が聞こえたのか、顔を出した木村に女を見張るように言う。
木村も女も事態に付いて行けないのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているが、今はスルーさせて貰う。それより正午だ。
廊下の奥へと足を向け、この先は確か蔵だよなと思い出す。
ひと様のお宅だが、緊急事態と言う事で廊下を駆け抜ける。格子戸のついた蔵の中を覗くと、正午が忌々しそうに積まれた箱を見下ろしていた。
「司郎」
気配でか、俺を見て何とも言えない顔をする。
不思議そうな、不可解そうな。でも、きっと不機嫌なんだと思う。
「戸が破られたのか?」
鍵を預かってはいるのだろうが、正午が中にいると言う事はそういう事だろう。
案の定、突慳貪な頷きが返って来る。
でも、誰が。
正午が言っていた呪の他にも、物理的にちゃんと鍵が掛かっていた筈なのだ。確かめてみたところ、これはすぐに解決した。格子戸の黒い塗料が所々剥げていたのだ。何らかの器具を使って強引にこじ開けたに違いない。
それが誰なのか分からないので次の疑問に移動する。何のためだ。
普段、この屋敷に住人はいない。なので貴重品があったとは思えない。
蔵の中を見回していると、正午が足元の箱を目で示す。
「人形が足りません」
人形って儀式で使う奴か。
数えてみると、確かに箱は六つしかない。七人の娘の身代わりだから、七つある筈なのに。
「犯人はまだ遠くへ行ってないよな」
侵入経路は不明だが、この屋敷は日本家屋だ。どこかの部屋から入り込むのは容易かったろう。そして、出て行ったのも同じ部屋だとしたら……まだ近くにいるのかも知れない。
「周りの部屋を見て来る」
「危険です。居間に戻りましょう」
何の為に人形を盗んだのかは分からない。だが、不法侵入と窃盗だ。つまり相手は犯罪者と言う事になる。だから、正午が『危険』だと言うのは納得できるような気もしたけど、少しばかり違和感もあった。
「危険ってどうして」
「人形が足りないからです」
それを持ち去った犯人を追うつもりなんだが。
「大丈夫です。犯人はこの山から出られませんから」
何故か自信ありそうな口調でそう言う。
ここで言い合いをしても時間の無駄か……だったら居間に戻って木村か修司さんに事の次第を説明した方がいいだろう。
居間に行くと、昼食時だった事もあってか池水を除いた全員が揃っていた。
正午が修司さんに何者かに蔵を破られ人形を盗まれた事を説明している間に、突然の訪問者である女を観察する。
キャンプ場の客らしいが、見れば見るほど服装がおかしい。
車で来たようだが、それにしてもミニスカートは如何なものかと思う。しかもストッキングだ。山に来る服装ではない。
俺たちが戻るまで何があったのか分からないが、居心地悪そうに髪をいじっている様子は、どう見ても不貞腐れている。
「この人が共犯でしょ」
そう口を開いたのは森だった。部屋の隅で修司さんに向けて正午がしていた説明が聞こえたらしい。
木村兄弟は困惑したように目を瞬かせ、正午は無表情に女を見つめるばかりだ。
「泥棒と同じタイミングで部外者が来たんだから、共犯って考えるのが自然じゃないの?」
少し乱暴なようだが、何しろここはバスも通っていない山の中だ。人形を盗み出した人間が徒歩でここまで来たとは考え難い。
そして、この女が共犯ならキャンプ場にいる仲間も怪しいと言う事になる。
「な、何の事ぉ?」
女が震える声でとぼけようとするが、無理だ。目が泳いでいるし、挙動も不審過ぎる。
「キャンプ場に来ているのはあなたを入れて五人でしたね」
正午が女の前へと移動して問い掛ける。それに女が曖昧に首を動かす。
「ユカとマナミとレイヤとタクト、そしてあなた。大学のサークルか何かですか」
スラスラと名前を言ったぞ。すごい記憶力だな。
そう感心したのは俺だけのようで、問われた女は助けを求めるようにアチコチ目を動かしている。
「そうだけど、それが何?」
「どんなサークルなのかお聞きしても?」
「別に……大したものじゃないよ。ただの飲みサーだから」
飲みサーって何だ?
少し考えて、ああと納得する。
飲み会ばかりやってるサークルの事か。受験勉強して入った大学でそれかよ……とは思わないでもないが、本人がそれでいいなら俺が文句を言う筋合いではない。
「それが、どうしてこんな季節外れにキャンプ場まで来たんですか?」
そんなナンパなサークルが冬直前のキャンプ場に来る理由なんかないだろう。
「どうしてって、別に私たちの勝手でしょ」
「勝手で済む問題ではないから聞いているんです。あなた達は営業していないキャンプ場に不法侵入したんですから、こちらとしては警察に通報する事だって出来るんですよ」
「そんな大袈裟な事じゃないじゃん」
「大袈裟にしますよ。人形の作者までは調べていませんが、江戸末期の頃に作られた物だと思われます。まるで今にも動き出しそうなほどに生々しく美しい……そのため、好事家たちの間では高額で取引される事もあるんですよ」
「……高額ってどれぐらい?」
淡々と事務的に言う正午に、女がオドオドとした目で問い返す。
「僕は余り詳しくありませんけど、一千万は下らないでしょうね」
一千万……それが七つもあったのか。恐ろしい。とんだ金持ちだな、木村兄弟。
俺はそう呆れるだけだったが、女は目を吊り上げて「あの野郎!」と声を荒げる。
「一千万もするのに、私たちにはたった三十万しか払わないつもりだったのかよ!」
これまでの頭弱そうな緩い喋り方ではなく、男顔負けの荒々しさだ。女って怖ぇ。
「マジふざけんな!」
苛立ちをぶつけるように居間の柱を蹴り飛ばす。
それを冷ややかに見つめていた正午が静かに口を開く。
「あなたが玄関で騒ぎを起こしている間に同乗者が屋敷に忍び込み蔵から人形を盗んだ。そうですね?」
決めつけるような正午の口調に女がハッとしたように顔を強張らせる。
「ちが……あの、私……何も知らなくて」
「不法侵入に窃盗。木村家は住まいを移したとは言っても、この山を所持する大地主です。警察にもそれなりにコネがありますから、言い訳をしてみたところで共犯のあなた達には前科がついて大学は退学、その後は就職も出来ず一生を棒に振る事になりますね」
女の顔から血の気が失せて紙のように真っ白になる。
我がイトコながら正午くん怖い。
「あ、そんな……ごめんなさい、許して!」
綺麗に化粧した顔をクシャクシャにして女が泣出す。その肩にそっと手を乗せて正午が囁き掛ける。
「反省しているなら、それでいいんです。人形はどこに?」
「車に……アヤトが持って来るって」
男がもう一人いたのか。さっきは咄嗟に実行犯の名前は言わなかったところを見ると、思ったほどバカではないのかも知れない。
それにしても、正午は通報しないとは言ってないんだけどな。儀式があるからすぐに通報はしないかも知れないけど、キャンプ場に不審者がいるぐらいは警察に言うな、コイツ。
「成る程。では、車までご一緒しましょうか」
ニッコリと、晴れやかな笑顔を浮かべるが、それは誰が見ても腹黒いものだった。




