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比与森家の因縁  作者: みづは
黒衣の少女
63/103

5

 お昼を済ませたら離れに保管してある人形を裏の祠に運べばいいらしい。

 離れと言っても蔵だ。しかも廊下で繋がっているので、居住空間じゃないって意味なんだろう。

 正午に案内されてその前まで行ったが、格子の引き戸で閉ざされただけで、頑張れば破る事も出来そうな造りだと思った。


 「木製に見えますけど、実際は金属製なので鍵がなければ簡単には開きません。それに呪が掛けてありますから」

 「じゅ?」

 「センサーのような物です。何かあれば、僕と司郎には分かります」

 「何で俺まで」

 「同じ血筋なので」


 比与森の事か。

 まぁ、俺が幽霊とか見ちゃう原因がそれだし、正午がそう言うならそうなんだろう。

 分からないなりに納得して母屋に戻ると、丁度よく森が顔を出す。


 「二人ともご飯だよ」


 どうやら着替えたらしく、黒のスキニーにシャツを羽織り、その上からエプロンをつけている。

 単に動きやすい服装を選んだのだろうけど、普段にも増して女装しているように見えるのは俺だけなのか。

 昼食と言われて移動してみたが、よくよく考えたらここは普段空き家なのだ。どうやって食事を作ったんだろう。


 「水道は通ってないけど雨水のタンクがあるから飲料水以外はそれで何とかなるって。他は全部運んで来たんだって」


 森に問い掛けると、簡潔な答えが返って来た。

 そうだよな。電柱を見かけた記憶はないから電気だけでなくガスや水道も通っていないのだろう。だったら夜になったら真っ暗になるって事だよな。


 その様子を想像して、少しウンザリする。

 暗いのは別にいいのだ。ただ、暗いとアレが湧きやすいんだよな。言わずもがな、アレというのは幽霊の事だ。

 花子さんで少しは耐性が出来たと思うが、見ず知らずのはまだちょっと怖かったりする。うん、嘘だ。ちょっとじゃなくて、かなり怖い。


 広間に行くと、真ん中に出されたちゃぶ台に山と積まれたおにぎり。どうやって米を炊いたのかと首を傾げるが、すぐに謎は解けた。下の村で炊いて持って来たのだ。この短時間で米が炊ける筈がないから当然だ。

 隣の皿には同じく山のように積まれた稲荷鮨。どうやらお供えの余りらしい。


 ふと思いついて小さく「ハク」と呼んでみる。すると、音もなくキツネがやって来る。

 目で示すと小さな頭を上下させるので取り皿に一つ乗せて廊下に置く。


 「何してるの?」


 唐突に声を掛けられ驚いて顔を上げると、鉄壁の無表情を誇る池水が俺を見下ろしていた。


 「……おまじないだ」

 「へぇ」


 ニコリともせずにそう相槌を返す。それきり黙り込むので、空気が重たい。


 「池水は受験勉強してるのか?」


 無言のまま佇む池水にそう声を掛けると、コクリと頷きが返って来る。


 「あ……そう」


 分かっていたけど、会話を広げる気はないらしい。まぁ、俺は余り気にしない方だからいいけど、人によってはこういうの苦手に思うんじゃないだろうか。


 「狐」

 「え?」


 ポツンと呟かれた言葉に首を傾げて問い返す。


 「お稲荷さん、狐」


 まさか白尾が見えてるのか?

 いや、そんなまさか。単に稲荷鮨から狐を連想しただけだろ、たぶん。

 無理矢理そう納得しようとするのだが、ふと顔を上げた池水がまっすぐに俺を見て、再び呟く。


 「セーラー服」

 「は?」


 俺のどこにもセーラー服の要素はない。あって堪るか。

 と言う事は、だ。

 目の前の能面副会長には花子さんが見えてるって事になる。

 霊感持ちか……それはそれで納得できるようなそうでもないような。

 だって、これまで委員会とかで池水とは何度も顔を合わせているんだ。それなのに、今日に限って花子さんや白尾の事を言うのって変じゃないか?

 見えてたなら、もっと前に言ってただろ。


 怪訝に思って見つめると、池水がニコリと笑う。

 うわ、始めて見た。

 表情筋が死滅していると思っていた池水の笑顔なんて、かなりレアだ。


 「司郎ちゃん」

 「え?」


 名前を呼ばれただけなのだが、これまで池水にそう呼ばれた事はないと思う。いつだって『風紀』としか呼ばないのに。

 訳が分からずキョトンとしていると、傍にいた花子さんが池水に向かって手を伸ばす。何をするつもりだろうかと見守る。


 白く細い花子さんの指。それが池水の髪を鷲掴みにして、ぐいぐい引っ張る。

 それに池水がまるで痛いとでも言うように顔を顰める。


 どうして。


 幽霊である花子さんが物理的な攻撃をしても、生きている池水には効かない筈じゃないのか。って、言うか花子さん何してんの、コラ!やめなさい!

 止めるべきかどうか、躊躇していると屋内だと言うのに風が吹く。


 「うぁ!」


 突然の事だったので声を上げ、倒されまいと何とか踏みとどまる。

 風に煽られ、花子さんの長い髪が蛇のようにうねる。それに気を取られたのか、池水から手を離す。


 「すみません、目を離して」


 いつの間に来たのか、俺のすぐ後ろに正午が立っていた。

 普段から花子さんを自由にしている癖に、どうして今に限ってそんな事を言うのか。

 訝しく思うが、池水が廊下に倒れているのを見てそれどころではなくなる。


 「おい、大丈夫か?」


 肩に触れようとするが、それより先に正午が俺を制止する。


 「憑依されています」

 「ひょうい……って、何に?」


 池水は幽霊に取り憑かれてるって言うのか?

 でも、何で?


 「霊媒体質なのか、そうじゃなかったら僕と波長が合ってしまったのか」

 「正午と?」


 詳しくは分からないけど、こういう場合は幽霊と波長が合うものなんじゃないのか?

 不思議に思って問い掛けると、正午が膝をついて池水の様子を窺う。

 脈を確かめる為か、手首を取る。


 「命に別状はありません。ただ、今は離すのは難しい……」

 「そうなのか?」

 「予想していなかったので持ち札が足りません。仕方ないから、部屋で寝かせておきましょう」


 それに頷き、二人掛かりで意識のない池水を部屋に運ぶ。階段で苦戦したものの何とか無事に辿り着き、布団の上に寝かせる。

 そうして置いて、正午が何やらブツブツ言いながら池水の周りを霧吹きでシュッシュする。


 「何やってるんだ?」

 「勝手に動き出さないようにしています」

 「ふぅん……」


 本人は占い師だと言うが、業務内容は拝み屋と変わらないんじゃないだろうか。って言うか、100円ショップで買って来たような霧吹きで効果あるのか?

 突っ込んだら負けだと分かっているので、口にはしないが大いに疑問だった。

 一段落ついたのか、正午が空いた手をポケットに入れて何やら取り出す。


 「これを」


 小さな、手のひらに収まる大きさの巾着袋だ。複雑な結び目で口を閉じた白い紐を指に引っかけ、俺に向かって差し出す。


 「何だ?」

 「花子さんに」


 自分の話題だと分かったのか、花子さんが不思議そうに正午を見る。これまでかなり雑な扱いをされていたんだ。花子さんが不思議がるのも無理はない。


 「ただの思い過ごしならいいんですが、そうでなかった時の保険に」


 何の事だか分からない。それは花子さんも同じようで、首を傾げたまま正午の差し出す巾着を見つめている。


 「司郎、受け取って下さい」


 あれ、花子さんにあげるんじゃないの?

 話の流れから当然そう思ったんだけど、よくよく考えてみれば花子さんはそれを受け取れないんだった。

 会話が出来ないのと同じように触れる事も出来ない。だったら、最初に渡したお守りは何でだよってなるけど、偶然とかその場の勢いとかなんだろうな、きっと。

 手の平を出すと、その上に巾着が乗せられる。それを繁々と覗き込んでいた花子さんがヒョイと手を伸ばして巾着を持ち上げる。


 触れるんじゃん!


 「司郎の手を介した物なら平気なようですよ。気付いてませんでした?」


 全く、これっぽっちも!


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