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「お亡くなりになった先代当主が処分したのか、或いは最初からなかったのか、この家を隅々まで探したんですが、祀っている龍神に関する記録は見つかりませんでした。でも、比与森の家に祖母が残した台帳があったので、儀式に関してはだいたい把握しています」
木村が下がってから、仕切り直しとばかりに正午が俺の向かいに音もなく座る。
「一晩、祠に人形を安置するだけです」
もちろん、龍神をもてなすために酒や料理を用意しますけど。
そう言われて、思ったよりも簡単な祭らしいと安堵する。
何しろ人が死んだと聞いたばかりだ。警戒しても無理はないだろう。
「かつてここには小さな集落があったんですが、明治に入って少しずつ住人がいなくなり、村長をつとめていた木村家も今は都会に住まいを変えています」
「だから前回、祭をしなかったのか?」
「違います」
強い口調でキッパリと否定され、やや気圧される。
座布団の上で身を引く俺に困ったような微笑を浮かべて正午が緩く首を振る。
「木村家が住まいを移したのは戦後すぐです。祖母とはその後からの付合いのようで、儀式を執り行った記録が全部で五つありました」
「だったら木村のお父さんもちゃんとやってたんだよな」
「はい。最後の記録には木村修という名前が書いてあったので、それが先代だと思います」
十年に一度で戦後から五回って事は、最後に祭をしたのは二十年前か。引っ越したから面倒になったと言うのなら、その時もスッポカすように思えるんだが。
「関係あるのかどうか分かりませんが、二十年前の祭の後にお嬢さんがお亡くなりになってます」
「え?」
「祭を終えて半月後に当時四才だった木村冴子さんが病気で他界しています。その所為で修さんは信仰を捨てたのかも知れません」
ポカンと正午を見つめる。
何て言うか、因果関係が良く分からなかったのだ。それを察したのか、正午が鞄から何やらノートを取り出す。
「祖母の記録によると、かつてこの土地には小さな集落があり、人々は細々と自給自足の生活を送っていたとあります。そんな環境ですから、水が何よりも貴重だったのでしょう」
まぁ、明治以前の話だと言うから当たり前だが、こんな山の中に水道なんてある訳ないよな。かと言って、井戸を掘ると言っても山の中だ。水源がすぐ傍にあるとも思えない。あと可能性があるとしたら、湖か川か。
「今は干上がってますが、滝があったんです」
なるほど。
だったら、信仰の対象になったのも頷ける。
水は元々、この世の者でない妖が住んでいると思われたのだ。しかも滝は龍を連想しやすい。
「日照りが続いたある年、その龍神に願掛けを行ったそうです。それに対して龍神は七人の巫女を用意しろと答えました」
「巫女?」
初詣に行くとお守りとか売ってる、あの巫女さんか?
「分かりやすく言うなら生贄ですね」
そう言ってノートを開く。
「十年毎に七人の若い娘を差し出せと、それを違えた時には災いを齎す。そう答えがあったそうです」
水が貴重なのは分かったが、七人って、幾ら何でもちょっと数が多いんじゃないか?
どれぐらいの人口だったのかは知らないけど、若い女を七人も差し出してたらアッと言う間に村が過疎化するだろ。
ああ。だから、十年に一度なのか。娘が年頃になるまで待つって事だな。そう思うと、何かイヤらしいな。
「昔ならそれも可能だったのでしょう。ですが、明治に入って大正昭和、そして戦後は更に難しくなったんでしょう」
そりゃそうだ。
村ぐるみで生贄を差し出したとしても、その頃には人の行き来もあっただろうし、何より子供たちは学校に通っていた筈だ。それが急に七人も消えたのでは、誰だって怪しむ。
「あ、そうか」
さっきバスで会った変人が言っていたのはこの事かも知れない。
神隠しや鬼婆、それは人がいなくなった現象の説明だ。
若い娘がある日、忽然と消えてしまうのだ。実際は龍神の生贄として差し出されたのだろうが、それを正直に言う訳には行かない。だから神隠しなんて言葉で説明したのだろう。
だったら鬼婆は、村の娘以外が消えた時に使った言葉だ。
俺の呟きに正午が怪訝そうに見つめて来るので、バスで会った変人の話をする。
「そうですか……龍神の祭に関しては、村の全員が承知していたとも思えませんから、詳細を知らない村人に神隠しと説明した可能性はありますね」
それはそれで厭な話だ。
村人たちはそうと知らないまま、自分の家族を生贄として殺されていたって事になる。それに鬼婆伝説の方はもっと酷い。何の関係もない人が丁度いいとばかりに龍神の祭で殺された事になるんだよな。今ならただの連続殺人じゃないか。
「だから当時の木村家当主は祖母に相談したんです」
なるほど、だから比与森の家には戦後からの記録しかないって訳か。
「で、何て答えたんだ」
「娘の代わりに、それに見立てた人形を捧げようと」
その人形を俺に運べって言うのか。まぁ、構わないけど。
「それだけ?」
「本題はここからです」
冷たい声でキッパリと言われ、思わず背筋を伸ばす。
「儀式は日没から日の出まで。その間、木村兄弟を監視して下さい」
「何の為に」
弟の方はまぁいい。引きこもり願望があるんじゃないかと思うほどの面倒臭がりなのだ。自ら望んでどこかに行くとは思えない。
でも、修司さんは無理だろ。
アルバイトで来た弟の友達が一晩監視させて下さいって言って、すんなり聞いてくれるとは思えない。
「木村家の人間は龍神の怒りを買っていると思われます。そして儀式の間、龍神は自由に外を歩き回る事ができるんです。もし、バッタリ出会ってしまったら命を取られる可能性があります」
まだ怒ってるのか。そりゃ十年に一度の祭を無視されて面白くはなかっただろうけど、木村の両親を取り殺したんだろ。それでチャラにしてくれてもいいじゃないか。案外と心の狭い神様だ。
「本宅に結界を張っておきます。儀式の間、あの二人が屋外に出ないようにして欲しいんです」
「ああ……分かった」
それならどうにかなるだろう。
花子さんのおかげで幽霊には慣れたけど、神様なんて俺の範疇外だ。まさに触らぬ神に祟りなしだ。




