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やって来た木村家は、こんな山奥にあるのが不思議なほど広かった。
そう言えばバスで会った男がこの近所に村があったと言っていたので、その名残なのかも知れない。
「二人とも遠くまで悪かったな」
出迎えてくれたのは、学校で何度も顔を合わせている生徒会長の木村だ。お兄さんの修司さんは『イチ』と呼んでいるらしいので、俺もそれに倣った方がいいのだろうか。いや、無理だ。やっぱり会長は会長だ。
「部屋に案内するよ、森さんは池水と同じ部屋でいいかな」
「構わないわ」
「林は悪いけど、祈祷師さんと同じ部屋で」
「は?」
何で。どうして初対面の爺様と一緒なの。
ポカンとする俺を見て、木村が「あちらの希望なんだ」と苦笑して修司さんを見る。
「兄貴、比与森さんが呼んでたよ」
「ああ、分かった」
気さくに返事した修司さんが「それじゃ」と会釈してどこかへと立ち去る。それを黙って見送り、「え!」と声を上げる。
「比与森?」
「何だ、親戚なのに聞いてなかったのか?」
全然、これぽっちも!
だが、考えてみれば納得できてしまうのも事実だった。
正午の本業は学生だが、副業で占い師をしている。しかも祖母は拝み屋だったのだ。
占い師、拝み屋、祈祷師。これらが何となく関連しているような気がするのは、俺だけじゃないだろう。
それは納得したけど、正午と同じ部屋って……ヤバいだろ、それ。
俺は殆ど成り行きで正午を好きになってしまったのだ。いついかなる時でも盛ってしまうほど下半身は緩くないが、それでも同じ部屋に泊まって手を出さないでいられる自信はない。
そりゃ、これまで何度か俺の家に正午が泊まった事はある。でも、そういう時は疲労困憊してて睡眠を優先せざるを得なかったし、ハッキリ言ってそれどころじゃない状況だった。
いやいや、ここだって同じだ。何よりよそ様のお宅で不埒な真似など出来ないし、俺が呼ばれたのは労働力としてだ。アルバイト代が出るんだから、遊びに来た訳じゃないんだ。シッカリしろ、俺の理性。
「来たんだね、風紀も」
そう言いながら階段を降りて来たのは生徒会の池水だ。
生まれつきだと言う栗色の髪を無造作に束ねて、服装もジーンズにニットとかなりラフなものだ。
「森さん、部屋こっち」
特に挨拶もなく、森を連れて行ってしまう。
俺が嫌われているのではなく、誰に対してもこうなのだ。有能な副会長だし、成績も悪くないらしい。だが、表情筋が死滅している上に女子にしては口数も少なく寡黙だ。顔立ちが整っているだけに人形のようだとか不気味だとか色々言われている。
「じゃ、林はこっちだから」
木村もそんな池水には慣れているのだろう、特に気にした様子もなく階段に向かう。
案内されたのは二階の一室だった。建物の外観からして和室だろうなと思ったが、まさにそうだった。
小中高と、俺は修学旅行に参加してないのだ。畳の部屋とか始めてかも。
部屋の隅にポツンと置かれた鞄は正午の物だろう。少し離れた所に自分の荷物を置くと、木村が座布団を出してすすめて来る。
「詳しくは比与森さんから説明があると思うけど、俺からも簡単に言っとくな」
アルバイトについてだろう。知合いだからとこれまで詳細を聞かなかったが、正午がいるのだから、ただの掃除で済むがない。
俺が腰を落ち着けるのを待って木村が口を開く。
「林に頼みたいのは、比与森さんのアシスタントだ。具体的に言うと、荷物持ちかな」
「荷物って?」
「この家の裏手に祠があるんだけど、そこに運んで欲しいものがある」
「それだけ?」
「ああ」
どんな大荷物か知らないが、木村と修司さんでは手が足りないと言う事なのだろうか。
「それほど大きな物じゃない。だいたいこれぐらいの箱が七つだ」
そう言って手で示したのは50cmぐらいの長方形だ。
「箱って、中身は何だ?」
空っぽって訳じゃないだろう。もし、そうなら俺を呼ぶまでもなくすぐに運び終えられる筈だからだ。
「人形だよ。龍神さまをお迎えするための巫女役の人形を七体、祠まで運んで欲しい」
素材によっては重いのかも知れないが、それにしたって男が二人もいて助っ人を呼ぶほどとは思えない。俺が怪訝な顔をしたからか、木村が困ったように首を傾げる。
「俺と兄貴は祠に入れないんだ」
どういう事だ。
ここまでの話から分かったのは、木村家が龍神を祀っている事と、それを迎えるための儀式をするという事。それなのに木村家の人間は祠に入れない。だとしたら、その都度、拝み屋なり祈祷師なりを呼んでいたのだろうか。
俺の顔に浮かんだ疑問を読み取ったのか、木村が困ったように小さく笑う。
「前回の祭でこの家の人間が龍神の怒りを買ってしまったんだ。だから入ったら命を取られる、そう言われたよ」
「……信じてるのか」
普通は信じないだろう。
幽霊だとか祟りだとか、一般的な生活を送っている者にとって身近な存在ではないからだ。幽霊を見たと言われたら、何かと見間違えたか嘘だと思うのが普通だ。
しかし、木村は俺の問い掛けにコクリと頷く。
「信じるしかないな、前の祭を怠った親父が死んだんだ。信じざるを得ないだろう」
「どういう事だ」
実際に人が死んでいるなんて、ただ事ではない。
思わず身を乗り出し問い質すと、背後から聞き慣れた声がする。
「僕が話しますよ」
いつ来たのか、振り返るといとこの正午が無表情に立っていた。




