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いい時間潰しにはなったが、それにしても変な人だった。
そう溜め息をついていると、スマホをしまった森が「変な人だったね」と俺の考えを読んだかのような言葉を唐突に呟く。
「初対面の高校生に鬼婆の話なんて、何考えてるんだろ」
ゲームに夢中で聞いていないと思ったが、しっかり聞いていたらしい。
不可解だとでも言うように首を傾げている。
「オタクって奴だろ、自分が興味ある物は世界中の人間も興味があると思ってるんじゃないのか」
「ふぅん」
森がゲームをやめてしまったからか、花子さんがフラフラと空いた席に移動して腰掛ける。
長い黒髪に白い肌。濃紺のセーラー服がそれを際立たせている。
普段の奇妙な行動さえなかったら、花子さんは哀愁漂う美少女だ。愛読書は太宰治で、そこに挟んだ栞には竹久夢二の絵が描いてあるに違いない。
だが、現実は違う。生前の様子は知らないが、俺に取り憑いている花子さんは幽霊である事を除いてもかなり残念な感じだ。
まず、挙動がおかしい。俺と正午を見て嬉しそうにクネクネするのはしょっちゅうだし、流行もの大好きなミーハーでもある。
幽霊にありがちな悲壮感など皆無だ。むしろ生き生きとしている。
「終点まで乗るんだっけ?」
森の質問に「ああ」と頷き返す。
「バス停まで迎えに来てくれるらしい」
「泊まり込みのアルバイトって、具体的に何すればいいの?」
「掃除とかの簡単な作業だって言ってたけど」
三年の二学期ともなると、受験のためにそれなりに忙しくなったりする。
内申のために風紀委員なんてやってる俺だが、幾ら推薦を狙ってると言ってもやっぱり受験勉強はした方がいい訳で。だけど、風紀の当番があるので塾や予備校に通う時間はない。内申狙いの委員会が受験勉強を阻むのだ。何たる矛盾。
そこで目を付けたのが、学年一位の成績を誇る我らが生徒会長だ。
生徒会長は木村と言って、俺の知る限り相当の面倒臭がりだ。縦の物を横にするのも面倒臭い、それを地で行く人物なのだ。
それでも俺には勝算があった。クラスは違うが、同じ三年生だし委員などの連絡もあるのでそれなりに仲はいい方だ。
善は急げとばかりに勉強を見て下さいとお願いしたら、反対にアルバイトしないかと頼まれた。それさえ引き受けたなら入試までの間、みっちり勉強を見てくれると言われたのだ。しかも、アルバイト代として交通費は別にして二万払うと言う好条件。断る理由などある筈がない。
料理なども頼みたいから女子を一人連れて来いと言われたので、深く考えずに森を誘ってみたら思いのほかアッサリと付いて来た。コックリさんの一件以来、何か思う所でもあるのだろう。
そんな訳で創立記念日を利用した連休に木村に教えられた住所に向かっている途中なのである。
「紗季も呼ばれてるって言ってたから変な事はさせられないだろうけどね」
紗季とは生徒会の副会長の名前だ。
池水紗季。おっとりとした見た目に反して、なかなかに厳しい性格の持ち主だ。厳しいと言うか、素っ気ない。口さがない女子の間では、恐怖の無表情と呼ばれ敬遠されている。それぐらいでなければ森と気が合う筈もない。
それきり会話する気が失せたのか、森が沈黙してしまう。だが、重い沈黙ではない。
風紀室にいる時のようにリラックスしている。各自が好きに過ごしているだけだ。
他に乗客のいないバスの中はとても静かだ。今は特に花子さんが大正時代の女学生のように文学少女ちっくに佇んでいるんだから尚更だ。
そのままボンヤリしていると終点に着き、バスはここで折り返し運転になるらしい。
それぞれ荷物を持ってバスを降りる。その際、運転手に「気を付けて」と言われ、曖昧に頷く。
走り去るバスを見送り、傍のベンチに荷物を降ろす。
「木村は?」
「まだ来てないな」
俺たちの他に人影はない。バスの時間は伝えてあるので、遅れて来るのだろう。
今日が金曜日で、アルバイトは日曜日まで。この山に二泊三日の泊まり込みとなるが、思っていたよりも少し肌寒い。
荷物からパーカーを取り出していると、車の音が聞こえて来る。
「待たせて済まなかったね、林くんと森さんかな」
そう言って車から降りて来たのは、物腰柔らかな若い男の人だった。大学生のようにも見えるが、スーツにネクタイまで締めているので社会人なのかも知れない。
「木村修司と言います。弟がいつもお世話になってるそうで」
生徒会長のお兄さんか。そう納得するが、ふとした違和感に首を傾げる。
兄が修司、それはいい。だが、確か会長の名前は木村修一。決まりはないが、弟に「一」の字をつけるのは珍しいような気がする。
「こちらこそ会長にはいつも助けられてます」
いつもの癖に会長と呼んでしまった所為か、修司さんが可笑しそうに目尻を下げる。
「二人とも荷物はそれだけかな?」
さりげなく森の荷物を受け取りトランクに入れている。大人っぽいな。
促されるまま後部座席に収まる。
「遠いところ、わざわざ悪かったね。本当なら親戚筋に頼むべきなんだけど、忙しいようで捕まらないんだよ」
「気にしないで下さい。それよりアルバイトの内容を聞かせて下さい」
ハンドルを握る修司さんにそう頼む。
「うちで代々奉っている神様がいて、そのお祭を今度する事になったんだ。二人にはその準備を手伝って欲しいんだよ」
神棚か何かあるのかな。転々と引っ越しを繰り返して来た俺の家には仏壇すらない。だから上手く想像できないのだが、それは森も同じらしい。
「準備って何をすればいいんですか」
「こっちには普段住んでいないから掃除と、あとは道具の手入れとかお供え物の準備を手伝って欲しいんだ」
「手入れって……何か作法とかあるんじゃないんですか?」
森の疑問は尤もだ。神社のお詣りすら自信がないんだ、少しばかり不安になる。
「それは大丈夫。プロの人を呼んであるから」
神主とかかな。
ま、プロがいるなら安心だ。気難しい爺さんかも知れないけど、これでも俺は年上からの評価は高い。頭ごなしに怒鳴られると言う事はないだろうし、そんな事されても気にするほどメンタルも弱くない。それにたった数日なのだ、何とかなるだろう。




