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プイとそっぽ向いた瞬間。
どこからかピチャリと水音が聞こえて来る。
水道の栓が緩んでいるのだろうか。だが、旧校舎は電気だけでなく水道も止められている筈だ。それに少し粘り気のある音のように感じた。
ピチャ、ピチャリ。
間隔をあけて音が聞こえる。
爪が食い込むほどにギリギリと、足立の腕を締め上げる。
「な、ななな何の音だっ」
噛みまくってスクラッチしてしまった。だが、恥ずかしいと思う余裕もない。
こちらに音が近づいているような気がするのだ。
佐倉小花の幽霊は血まみれだと聞いた。だから、もしかしたらもしかすると……これはその血が滴っている音なのかも知れないじゃないか!
「ふっ、嫌いな人ほど早く見つけるって本当ですね」
「そんなのはどうでもいい、帰ろう!戻ろう!いますぐに!」
グイグイ引っ張るのに足立はそれを無視して先へと進む。
いーやーだー。
見たくない、怖いと思うのに足立の持つペンライトの光を目が追ってしまう。
廊下の先、薄汚れた暗い闇の中に何かがいた。
血を流す幽霊と聞いていたから当然、それを想像していた。でも、想像と違っていた。
モゾモゾと蠢く黒い塊。そこから白い腕がニュッと飛び出して緩慢に動く。
キャー!
何なの、あれ!思ってたよりずっと怖いんですけどー!
塊と思ったのは長い髪の毛だった。
それはどうやら四つん這いになって移動しているらしい。腕を伸ばして動く度に血が流れ、先ほどの水音が聞こえて来る。
もうやだ、ここにいたくない見たくない。いっその事、気絶したい!
目を離す事も出来ないまま呆然としていると、俺の手を振り払って足立が幽霊に近づく。
おい、何て大胆なんだ。
お前の心臓は何で出来るの、いったい。
目を剥く俺をよそに足立は幽霊に何やら話しかけ、マジマジと見下ろしている。そして俺を振り返り「ちょっと」と手招きする。
いや、それ『ちょっと』なんて、レベルじゃないから!
そんな気軽な状況じゃないでしょ!
「見て下さい」
俺の手を掴むと強引に幽霊の傍まで引っ張る。思いのほか力が強い事で。
長い黒髪が乱れて、蒼白い顔を隠している。辛うじて見て取れる目はどこを見ているのか虚ろだ。もしかしたら俺たちの存在を認識していないのかも知れない。
それに束の間、ホッとするが視線を降ろしてギョッとする。
廊下を這って移動する理由が分かったからだ。
幽霊の短いスカート、そこから覗く筈の足が一つ足りない。いや、ある事はあるのだが、右足は膝の辺りで切り取られている。その傷口から血が溢れ流れ出しているのだ。
「これが死因なのか……?」
「違うでしょう、首も切られているようですから」
え、お前もしかして幽霊の髪を掻き上げてそれを確認したの?
恐ろしい子……。
「どうしようもないので今日は一旦引き上げましょうか」
それは喜ぶべき事なのかも知れない。
だって、俺は幽霊なんか見たくないんだ。だからと言って、この状態の女子を放置するなんて……何て言うか人としてどうかと思うぞ?
「どうやら彼女にはこちらの声が聞こえていないようです。それどころか僕たちが見えているのかどうかも怪しい、この状態ではお手上げです」
そう言うと、さっさと踵を返してしまう。
足立の華奢な背中と床を這う少女を見比べて、ポケットに入れたお守りを取り出す。
別に考えがあった訳じゃない。ただ、何か縋る物があった方がマシだろうと思っただけだ。
床に爪を立てる少女の手に交通安全のお守りを握らせる。