黒衣の少女 1
眼鏡掛けてる人って頭良さそうだな。
そう気楽に眺めていたら目が合ってしまい、この拷問。
いや、別にいいんだよ。全く興味ないと言っても、他に何もできないバスの中だ、退屈な話に耳を貸す心の余裕ぐらい、俺は持ち合わせている。問題ない。
先ほどから熱弁を振るっているその人は、趣味で昔話を収集しているのだそうだ。
昔話って桃太郎みたいなのか。そう思って適当に相槌を返していた。
袖擦り合うも他生の縁って言うし、同じバスに乗り合わせたのもそういう何かの巡り合わせなんだろう。
因みに俺の同行者である森は徹頭徹尾どうでも良さそうに携帯いじってる。どう見ても赤の他人だ、そうですか。
チラリと盗み見たら、アプリゲームをやっていた。猫耳生やした男子が頬赤らめてる画面を恐ろしいほど真剣な顔で見つめている。何故そこまで真顔なんだ、森よ。
その肩口から覗き込んでいる花子さんはジタバタとテンションが高い。
焦点をぼかせば、美少女が二人仲睦まじくゲームをやっているように見える。何たる眼福。
だが、残念な事にそうではないのだ。本当に残念ながら。
何が残念って、花子さんは生きてない。何十年も前に死んだ幽霊なのだ。
教頭に殺され足を切り落とされた事により、血まみれで旧校舎を這いずり回る恐ろしい学校の怪談となっていた。その教頭が心不全で死んでしまって、花子さんは成仏し損なった。
恨みがなくなったら成仏すればいいのにとは思うが、それは俺の勝手で、花子さんには花子さんなりに事情があるらしい。キッカケとかタイミングとか、あと気分とか。
そんな訳で地縛霊から浮遊霊にジョブチェンジした花子さんは、意気揚々と俺に取り憑いている。何故か知らないが。
因みに花子さんと呼んでいるが、本名ではない。ただのあだ名だ。
森には見えない筈だが、花子さんの手が乗った肩を何度も払っている。流石に花子さんのテンションが高過ぎて、何か感じるのだろう。
特に害はないので、放って置く。
「今でこそ、この山にはキャンプ場しかないけど、昔は小さな村があったんだよ」
その声に意識が引き戻されて、目の前の人物へと注意を向ける。
見た所、二十代半ばと言った感じか。カジュアルな服装なので、その職業までは分からない。だけど、たぶんサラリーマンではないだろう。
何故なら、今日が平日だからだ。
平日の昼間にキャンプ場以外に何もない山の中でバスに乗っているサラリーマンはいないだろう。別に無職だと決めつけている訳ではない。
営業職なら得意先を回る事だってあると知っている。しかし、この先にあるのは得意先どころかシーズンオフのキャンプ場だけだ。そこで何の営業をすると言うのだ。社会人なら、社会に参加して会社に行けばいいのに。
愚痴っぽくそう思ってしまうのは、延々と興味ない話を聞かされているからだ。かれこれ一時間ぐらい付き合ってる。俺の外見は余り取っ付きいいとは言えないのに、この人も相当の変わり者だ。
「お年寄りから聞いたんだけど、何でもその村では神隠しが頻繁にあったらしいんだ」
神隠しって、今で言う蒸発とか失踪とかだ。いなくなったのが子供なら誘拐かも。
「いなくなったのはどれも十代の若い娘で、ある年には七人も行方が分からなくなったそうだよ」
連続誘拐事件だな。十代の女ばかりと言うのなら、犯人は変質者だ。そうに違いない。
「その後も旅人が消息を断つという事が続いて、鬼婆伝説が生まれたらしいんだよ」
鬼婆。
鬼なのか婆さんなのか、どっちかハッキリして欲しい。鬼の婆さんなのか、婆さんが鬼なのか。順番によっては意味が大きく違って来る。
そう思ったのが顔に出たのか、得体の知れないその人が鬼婆について説明してくれる。
「安達が原の鬼婆って聞いた事ないかな。手塩に掛けて育てた姫のために妊婦を殺す乳母の話なんだけど、殺した妊婦が実は乳母の娘で、気が狂ってしまうんだ。そして旅人を襲っては生き血を吸う鬼婆になったと言う話だね」
何がどうしてそうなった。
姫を助けるために妊婦を殺す理由が分からないし、実の娘と分からなかったのは百歩譲って良しとしても、それが娘だと分かった理由は何だ。それに俺の感覚としては、娘だと分からないほど長い間会ってなかったんだ、いきなりハラボテになってたら親としては驚愕の出来事だろうしショックを受けるものじゃないのか?
そんな風にツッコミ所満載だが、昔話なので仕方ない。そうですか、で流してしまうのが妥当だろう。
「だけど安達が原以外にも旅人を襲う鬼婆伝説と言うのは日本各地にあるんだ。その一つがこの山の鬼婆って訳だね」
神隠しと言われていたのに鬼婆伝説になってしまうのか。まぁ、昔話と言っても人の口を介して残っているのだ。語られる度に少しずつ形を変えたのだろう。アレだ、話を盛ったんだ。
そう納得したところで、バスがキャンプ場に到着する。
「やっと着いたか。長々と話を聞いてくれてありがとう」
そうニッコリ笑うと、荷物を持ってバスを降りる。こんな季節にキャンプなんて酔狂だとは思うが、無愛想にならない程度に会釈を返す。




