18
その場に正木を残して、そっと幽霊マンションを後にする。
また死のうとするんじゃないかとは思ったけど、考えてみたら正木は幽霊に振られたようなものだ。後追い自殺する気力なんか残ってないだろう。
駅までの道程をブラブラと歩く。そして、ふと思い出して隣にいる正午に問い掛ける。
「さっきのって火事で死んだ女の子なのか?」
「そんな訳ないでしょう」
アッサリと否定の言葉が返って来て驚く。
え、でも……だって、なぁ?
「都合良く出たり消えたりしてくれるなら苦労はしませんよ」
そりゃそうだろうけど、だったらさっきのは何だったんだ。
蒼い炎が正木に寄り添うようにして窓から出てったんだ。あれが幻だったとでも言うのだろうか。もし幻だったなら正木も同じものを見ていた筈で、説明がつかなくなる。
「お礼でしょう」
ボソッと返された言葉にキョトンとする。
お礼って言われても感謝される心当たりなんて皆無だ。
しかも誰からのお礼なんだかさっぱり見当が付かない。
怪訝な顔でもしていたのか、そんな俺を見て正午が溜め息をつく。
「鈍感ですよね」
薮から棒に何を言う。
そりゃ俺は相手が何を考えているのかとか分からない。誰だってそうだろ。それに、今は関係ないだろ。
「司郎が名前を付けたから、そのお礼だったんでしょう」
「名前って」
狐か?
じゃ、さっきのは鬼火じゃなくて狐火だったのか。
正午に言われて名前を付けただけなんだが、律儀にお礼をしてくれたのか。案外いい奴だな。
へぇって納得してたら、正午が不意に俺の手を掴んで来る。何するんだろって黙ってたら、そのまま指を絡められてしまった。
これは一体、どうしたらいいんだ。
ツンデレのデレ抜きみたいな正午から俺に触って来る事は殆どない。
具合が悪いとか死にかけてるとか、そういう時でなかったら正午は俺に手を差し伸べる事をしない。それも仕方ないと思っている。
俺を助けようとした祖母さんに犬を取り上げられたんだから。しかも、比与森の女が狙われると分かっていたのに正午の妹はほぼ見殺しだったんだ。
俺自身に罪はないと思っても、そう簡単に割り切れるものじゃない筈だ。
だから正午は俺に対して一線引いた態度でしか接して来ない。
それなのに手を繋いで来た。急にどうしたの。
「司郎といたら安心できるんです」
「不安な事でもあるのか?」
軽い気持ちでそう促すと、重い沈黙が返って来る。
迂闊に口を挟める雰囲気じゃない。どうしたらいいんだ。
「何も……不安な事なんて何もありません」
とてもじゃないけど信じられないな。
もしかしたら火事で死んだという女の子から妹を連想してしまったのかも知れない。俺と同じように。
双子には特別な繋がりがあると言われている。一卵性の双子がよくそう言われるが、二卵性でも変わらないだろうと思う。
何しろ、生まれた瞬間からの付合いなのだ。
二人一緒に生まれたのに、その一人が死んでしまったんだ。その事に残った一人が罪悪感を持ったとしてもおかしくない。
「正木が会いたがってた女の子はちゃんと成仏したのかな」
「たぶん。少なくとも僕はその気配を感じませんけど」
だったら、迷わずにちゃんと行くべき所に逝けたのだろう。
「俺はさ……幽霊見てもビビるしかできないけど、何て言えばいいのか……お前がもし妹の事を思い出しているのなら一緒に泣く事はできるからな」
きっと、そうなのだ。
正午が不安に思っているのはこれなんだろうな。
死んだ妹が成仏せずにまだ迷っているとしたら、生き残った双子のもとにあらわれる。そう考えているに違いない。或いは、もう既にあらわれたのか。
「泣くって」
呆気に取られたように正午が小さな声で呟く。
「別に怖くて泣く訳じゃないからな」
ビビリって言っても流石にこの年で幽霊見て泣いてたらそっちの方が怖いわ。
覚えてないけど、幼くして死んでしまったイトコが可哀想だと思うし、それを素直に悲しめない正午も可哀想だ。だから俺が一緒に泣いてやる。そしたら少しはお前も泣けるんじゃないのか?
恥ずかしいからゴニョゴニョ口の中で誤摩化していると、正午が繋いだ手を振りほどいて抱きついて来る。
えっ。
嬉しいんだけど、ここ道ばた。夜とは言え人が行き交う往来。
正午の突然の行動に付いて行けず頭が真っ白になる。
これって抱き返していいの……?
時間にして一秒か二秒。五秒は経っていないと思う。
抱きついた時と同じように突然離れた正午が不貞腐れたように横を向く。
「貰い涙なんかしません」
怒っているようだが、違うな。照れてるんだ、これ。
かーわーいー。
森の事を強い人間ほど弱い面があるって言ってたけど、正午だって弱い所あるじゃん。
ここは年上らしく俺が包容力を見せてあげようじゃないか。
「遠慮するな、貰える物は貰っとけ」
「そんなのいりませんよ」
俺の軽口に呆れたように振り返って肩を竦める。その目が濡れたように一瞬光ったのを見て、手を伸ばす。
「何ですか」
「暗くて怖いから手繋いで下さい」
そう言うと、俺の手をマジマジと見下ろして仕方ないとでも言うように溜め息をつく。
「仕方ないですね」
スルッと俺の手を掴むと指を絡めて来る。
気配がして後ろを振り向くと、花子さんが頬に両手を当てて嬉しそうにクネクネしていた。前にも同じ事してたけど、何なんだ。幽霊なのに発作でも起こしたのか?
まぁ、いい。無視だ、無視。
意識から花子さんを追い出して、俺の方からもぎゅっと手を繋ぐ。
占い師なんて怪しげな商売をしているんだ。正午はこれから先も傷ついたり悲しむ事だってあるだろう。俺はそれを傍で見守るしか出来ないかも知れないけど、一人でいるよりはマシな筈だ、きっと。
絡めた指に力を込めて前を向く。その瞬間、目の前に白い何かが見える。
驚きに目を丸くしている間にスッと横切り、最後に白い尾を振ったと思ったら消えてしまった。
黙って見送り、我ながらいい名前をつけたもんだと感心する。
白い尾と書いてハクビ。
狐は呪いの道具として祖母さんが作ったものだ。だから安心してくれ。
同じ比与森の人間として、お前が人を恨む気持ちを忘れられるその日まで俺と正午が一緒にいてやるから。




