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「ところで、狐の様子はどうですか」
テクテク歩きながら正午が唐突に話題を変える。
その真意は分からないが、答えられない訳でもない。
「どうって別に変わらないけど」
俺に取り憑いてる筈だけど、いるんだかいないんだか分からないぐらい大人しい。まぁ、花子さんが好き勝手してるから目立たないだけかも知れないけど。
「紫狼みたいに呼んだら出て来るのか?」
「さあ?シロウは僕の犬でしたからそれなりに従順ですけど、狐はそうじゃありませんからね」
そうなんだよな。ペットと野生動物とでは、扱い方も違うし。
それに呼ぶって言っても名前知らないや、そう言えば。
「付けてしまえばいいんですよ」
「は?」
いやいや、自分のペットじゃないんだし。元々の名前だってあるんだろうし。
「名前を付けると言うのは縛る事を意味します。殺されたくないなら、狐より優位であると示す必要がありますよ」
「名前付けるだけで立場が変わるものなのか?」
「実体のない彼らにとって言葉は畏怖すべきものなんです。付けられた名前は呪いと一緒ですから」
呪いかぁ。でも、別に俺は狐を恨んでないんだよな。
「子供が生まれたら名前を付けるでしょう。それと同じですよ」
同じって、子供に名前付けるのも呪いなのか?
「何で?」
「呪いとは願いの一つですから」
あ……あぁ、そういう解釈もあり得るのか。
優しい子になって欲しい、賢い子になって欲しい。
この『欲しい』という気持ちが呪いに通ずるのだろう。呪いと書いて「まじない」とも読む。そして、『まじなう』という言葉は祈るという意味もある。
「名前か……どんなのがいいかな」
「好きに付けていいと思いますよ。気に入らなければ返事しないだけでしょうから」
気に入らないとかあるのか。呼んで無視されたら、それはそれで凹むかも。
狐っぽい名前がいいよな。コン吉、コン太……ダメだ、絶対に無視されそう。
「……ハクビってのはどうかな」
ふと思いついて口にする。
「白に尾って書いてハクビ」
俺の言葉に正午がニコリと笑う。
「いい名前だと思いますよ。白い狐は神の遣いと言いますから」
神の遣いだとか、呪いの道具だとか。そんな事は狐には関係ないと思う。
血族全員根絶やしにしようとするほどの恨みを持っていたのは事実なのだ。それだけの事を俺の祖母さんはしたんだ。だから、俺がそれを晴らしてやるのは当然なんだ。
長い年月恨み続けるのはかなり辛い筈だ。負の感情ってのは、それが大きければ大きいほど重たいんじゃないだろうか。
だったら、それが少しでも軽くなるように、白く塗り替えられるように。そう願いを込めて俺が新しい呪いを掛けてやろう。
そんな話をしていたら幽霊マンションに到着してしまった。
元はと言えば、ここにいた幽霊を花子さんが連れて来たのが始まりだったんだよな。
良かれと思ったのかどうかは分からないが、たぶん花子さんに悪気はなかったんだと思う。だから俺は別に花子さんを責めようとは思わない。
死んだ人の所為にするなんて卑怯だ。
だから、全ての責任は正木にあるのだ。だって俺は悪くないしー。
そもそも学校一の秀才がオカルトに嵌まってる時点で何かおかしいのだ。
頭いい奴ってのはもっと現実的で利己的な筈だ。それなのに、何の役にも立たないオカルトにのめり込んだと言う事は……何か理由があるんじゃないか?
そう思いついたのは、正午に押されて建物に入った後だった。
たった数日、いや数時間。それしか経っていないと言うのに、既に空気が淀んでいる。
やっぱり人が死んだ場所と言うのは、何らかの因縁を想像させるからだろうか。
「正木、どこだ」
声を掛けながら奥へと進む。
夕方、黄昏時の心霊スポットなんて怖くない筈がない。でも、ビビっていても何も始まらないのだ。時には勇気だって必要だと思う。
と言うか、怖いから帰ろうなんて言っても後ろにいる正午が頷いてくれる訳ないんだし。勇気と言うより、必要なのは諦めだな。
おそるおそる歩いていたら、どこかでカツッと小さな足音がする。上か?
辛うじて残っている階段をのぼり二階へ行く。
ガラスのない窓を背に正木が立っていた。
「昔、ここで火事があったと前に話したのを覚えているか?」
その口調の冷たさについ頷き返してしまう。
それに満足したのか正木が「そうか」と言葉を繋ぐ。
「火事の原因は何だったと思う?」
は……原因って、それが関係あるのか?
答えを求めて正午を見ると、慌てた様子もなく「新聞に載っていましたよ」と返事がある。
いつの間に新聞なんて。思ってたより、お前って好奇心旺盛なんだな。
「当時の新聞には不審火、放火の疑いがあると書いてありました」
そう言えば、ここは建築途中だったんだよな。だったら住人がいた筈もないし、夜には人っ子一人いなかっただろう。
「建築資材があったようでこのマンションだけでなく火の手は隣家にも及び、その家の寝たきりだった老人がお亡くなりになってますね」
風下だったのだろう。可哀想に思うが、放火した奴もまさか人を殺すつもりはなかった筈だ。
もし殺すつもりなら、無人のマンションに放火したりはしないだろう。
「そして、被害者はもう一人。焼け跡から小学生の女の子の遺体が発見されています」
「え……?」
正午の言葉に思わず声を上げて、その顔を振り返る。
だけど、ただでさえ暗い廃墟の中。正午がどんな顔をしているのか見える筈もない。
「私が……」
後ろから正木の呟きが聞こえる。それは抑揚がなく、どこか呆然とした声だった。
「私が彼女を殺したんだ」




