13
何だかよく分からないまま、森の自宅へと向かう。
俺と森は個人的に親しい訳ではない。風紀としてやり取りがあるだけだ。もしも、特別な関係に見えるとしたら、それは俺に友達がいないだけだ。悪かったな、ちくしょう。
そんな訳で風紀委員の個人情報はある程度把握してある。連絡取るのに必要だからな。その情報の中に自宅の住所も含まれてたって訳だ。
「意外だな」
そう呟いたのは森の自宅が近かったからだ。学校や俺の家からではない。
先日、訪れた幽霊マンションに近いのだ。
いや、思い出してみれば森は幽霊マンションの事を知っていた。近所なら当然なのかも知れない。
念のため、自宅の前で森に電話してみる。何度掛けても呼び出し音が響くばかりで、挙げ句、留守番電話サービスの音声に切り替わってしまう。
「お前の家の前にいる」
メッセージを吹き込み電話を切る。流石に無視はできないだろう。これで無視されたら泣くからな。
「あそこで待ってましょうか」
正午が指差したのはコインランドリー前に置かれた自動販売機。
はいはい、ジュースぐらい奢るんでそろそろ説明して下さいな。
小銭と引き換えにゲットしたお茶を手渡すと、正午が困ったように首を傾げる。
「僕だって全部分かった訳じゃないんです」
「分かってる部分だけでいいから」
そう食い下がると、困惑したように「どうして司郎が分からないのか分かりません」と言いやがる。
バカで悪かったな。
ムッとする俺を見て小さく笑い、口を開く。
「コックリさんを広めたのは正木さんなんだと思います」
「は?」
何で正木が?
いや、まぁ……確かに一番それっぽいとは思うよ。
オカルト同好会なんて立ち上げたほどの幽霊大好き人間だ。校内を幽霊でいっぱいにしたいと思ったとしても納得できる。
でも、これまで一度も正木の名前は出ていなかったよな。
朝に正木信者の清水が問題起こしたってのは聞いたけど、それだって正木本人とは関係ない筈だ。
それに佐久間にエンジェルさんを教えたのは森だろ。本人がそう言ってたんだから間違いない。
「司郎から見て、森さんはどんな人ですか」
「え、怖い」
即座にそう答えたら軽蔑の眼差しを向けられてしまった。
でも、本当に怖いんだよ!
ギャルにバケツの水掛けて悪魔の高笑いしてた女だぞ。怖くない訳ないだろうが。
「そういう事じゃなくて……エンジェルさんを知っていてもおかしくないほど、心霊現象について興味を持っているように見えましたか」
「いや、その反対だな」
森はそういう類いを信じていないんだと思う。自分の目で見たものしか信じないタイプなのだろう。
一組でコックリさんをしていたヤマダ(仮)に対する態度からもそれは間違いない。
「そんな森さんがエンジェルさんを知っていた、どうしてだと思いますか?」
言われてみれば確かにおかしな話だ。
いや、詳しいからこそバカにしていたのかも知れない。現に森はコックリさんの十円玉を動かしているのは人間の深層心理だと言っていた。それなりの知識があると思っていい。
そう告げると、正午が「やっぱり」と頷く。
「司郎が放課後の見回りをするように、森さんもしていたんじゃないですか」
「そりゃ風紀だから。でも女子は放課後の当番になる回数を少なくしている」
何しろ敷地全部を回らなきゃならないんだ、時間が掛かる。だから平日はだいたい男が見回りに行くようにしている。その分、土曜日などの授業が短い日は女子も残って貰う事もある。
「土曜日ですか。それなら平日に比べて放課後の時間は長いですよね」
「それが何だ」
「正木さんは癖のある性格をしているけれど、下級生にファンがいるほどのカリスマ性がある。そう言ったのは司郎ですよ」
言ったかも知れない。だが、森が正木に誑し込まれるだろうか。
俺の知る限り、森ほど強い女は他にいない。
その森が男にうつつを抜かすなんて想像がつかない。
「強い人ほど脆いものですよ」
そう言って顔を上げ、「そうでしょう?」と俺の背後に問い掛ける。
振り返ると、いつの間に来たのか、硬い表情をした森が俺の後ろに立っていた。
「同情したんだと思う」
正午にすすめられるままベンチに腰掛けた森が疲れた声でそう呟く。それに口を挟む事はせず黙って続きを促す。
「火事の時、ベランダからそれを見物していた……頭が割れそうなほど鳴り響くサイレン、赤い消防車、立ち上る黒い煙。家族と一緒にポカンと眺めて、怖いねとかそういう事を言い合っていた。その時は他人事だった。でも、学校に行ったらそうじゃなかった」
強張った声でポツポツと語られる内容は、どうやら幽霊マンションの事らしい。
コックリさんについて問い質したいのは山々だが、森の様子からそれは無理だと分かる。
「同じ学校の子があのマンションの隣に住んでた……全校集会で死んだと聞かされたけど、その時も他人事だった。クラスが違っていたし、私はその子を知らなかったから」
クラスが違えば交流がないのは仕方ない。だから森が他人事だと思ったのも無理はない。
「でも、正木は違った。クラスが一緒で家も近くて……その子が死んだ事に罪悪感を持っていた。だから同情してしまったんだと思う」
「同情して、何をしたんだ?」
「佐久間と一緒にエンジェルさんをした」
俺の問いにそう答えると、グッタリと溜め息をつく。
「その直後に学校中でコックリさんが流行り出して、それを見て正木が仕組んだ事だって分かったけど、私には否定するしか出来なかった。それが余計な騒ぎを起こすと分かっていたけど、他にどうしようもなかった」
三年の教室であったヤマダ(仮)との言い争いだろう。もしかしたら他にもあったのかも知れない。
「林には迷惑掛けて悪かったと思ってるよ」
聞きたい事は山ほどある。でも、理由は分からないが落ち込んでいる森にこれ以上話させる気にもなれない。
「別に迷惑なんかじゃない。お前は風紀の仲間だからな」
嘘や方便ではなく、心の底からそう思った。
少し過激ではあるが、森に助けられた事はこれまで何度もあるんだ。だから今回のコックリさんなんて、どうって事ない。そりゃ、学校内に良くない物がいてちょっとはビビったけど、それは俺が怖がりだからだ。森が悪い訳じゃない。
驚いたように目を丸くしていた森が、クスッと小さく笑う。
「林なら良かったのに」
「何がだ」
「正木じゃなくて林にすれば良かったと思って」
何の事だ。
不思議に思って森を見て答えを得られないまま、正午を見る。
だけど、正午もまた恐ろしいまでの無表情で何も言おうとはしない。
「ごめんね、大丈夫だよ」
そんな正午にそう言うと、森が腰を上げる。
「幽霊マンションに来て欲しいって、正木が言ってたよ」
それだけ言うと振り返らずに家へと向かう。
言葉もなくその後ろ姿を見送り、どうするのかと正午を見る。
「今の何だったんだ?」
「……移動しながら話しますよ」




