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「うは……」
目的地である幽霊マンションを見て、思わず変な声を上げてしまう。
だって、想像と全然違うんだよ。
マンションっていうから、うんと高い建物を想像してたんだけど、目の前にあるのは三階建ての小さな物だ。しかもコンクリート剥き出しで、マンションとして機能していたのかどうや怪しい。
そんな事を思っていたら横に並んだ正午が「建築途中で火事になったそうですよ」と囁いて来る。地元でもない癖に詳しいんだな。変なの。
「幽霊が怖い癖に心霊スポットに行くような変人に比べれば普通ですよ」
「いやいや、俺が行きたいって訳じゃないからね……?」
「分かってますよ。それにしても、怖いなら場所ぐらい調べたらどうなんですか」
う……逃げる事ばかり考えてたから、ここがどんな心霊スポットなのかも知らないんだよな。助けて、正午さま。
「僕は地元じゃないので」
ニッコリと笑う口元が少し意地悪く吊り上がっている。
知ってて教えない気だな、コイツ。
でも、正午の声が聞こえたのか正木がクルリと振り返る。
「ここの因縁いわくについて知りたいのだね?よろしい、私が教えてあげようではないか」
まぁ、そうだけど。でも、ドヤ顔でそんな事言われてもなぁ。
あと口調が何か変。それこそ幽霊に取り憑かれてるみたいだ。
「十年前にここで火事があったんだ。今でこそ、何事もなかったように住宅街になってるけど当時は近隣の家が何軒か焼けた筈だよ。数名の死者も出ている。その幽霊が出るって、もっぱらの噂だ」
へぇ。
人が死んだら幽霊になるって、思いがちだけど実際はそんな簡単なものじゃない。
恨みとか未練とか、そういう強い感情があったら絶対に幽霊になるのかなって思うじゃん?
でも、今の時代。成仏できないほどの未練を残す人なんてごく少数だろうし、これだけ人との関わりが薄れたんだからそんな強い恨みを抱いているなんてのも数えるほどだろう。
殺されたりしたら話は別なんだろうけど、そういうハッキリとした目的を持った幽霊なんて、俺は花子さんぐらいしか知らない。ってか、花子さんも最近は目的を見失ってる気がするんだが。
それは置いとくとして。俺の経験則から言わせてもらうと、今まで見て来たのはだいたい迷子状態だった。だから、ドジっ子ほど幽霊になるんじゃないかなって思う。
ドジっ子幽霊か……可愛いような恐ろしいような。
冗談は兎も角。幽霊になって成仏できないってのは、ある意味偶然なんだと思う。
色々な要因が重なって本人の意思とは関係なく、そうなってしまった結果のような物だろう。
まぁ、こんな話、正木にしても喜ばすだけだからしないけどな。
そして、改めて幽霊マンションと呼ばれる廃墟を見てみる。
何もいない。
時間的には夕方から夜の間だ。枯れ尾花ですら幽霊と見間違える時間帯だと言うのに、見事なまでに見当たらない。
これはこれで何だか違和感がある。
偶然、取り残された幽霊はかなりの淋しがり屋だ。まぁ、死んだあとに一人ぽっちで誰も自分を見てくれなかったら、そりゃ淋しいだろうなって思う。
だから、見てしまう俺に寄って来る。そうじゃなかったら徒党を組んでいる。
死んでまで集団行動しようとするその精神には頭が下がるが、当然ながら数が多いほど厄介なのだ。
それが、一人も見当たらない。
これは……もしかすると心霊スポットと言うのはガセなのかも知れない。
だったら楽勝だ。
幽霊がいないなら俺が怖がる理由もない。ここを一人で回って来いって言われても全然OK。むしろ、そんな事で放課後の見回りを邪魔されないなら、喜んで行って来る。
「どうだ?」
説明を終えた正木が何故か俺のそう聞いて来る。
「どうだって何が」
「何か見えるんじゃないのか?」
お前は俺に何を期待しているんだ。
その期待を裏切るようで悪いけど、「何も見えないな」としか答えられない。
あからさまにガッカリした様子で正木が呟く。
「林でもダメか」
「どういう意味だ」
「旧校舎の幽霊を成仏させたって噂じゃないか」
「……誰が?」
どうして主語を抜かすんだ。厭な予感がするじゃないか。
ドキドキしながら問い返した俺に向かって正木が人差し指を立てる。
ですよね。そんな気はしたよ。
でも、俺は何もしてないし旧校舎の幽霊は成仏どころか俺の隣で楽しそうに髪の毛いじってるよ。
「一学期に林が旧校舎にしょっちゅう入ってくのを運動部の奴らが見てたんだよ。そしたら夏休みに旧校舎が取り壊されただろ。だから、林は一学期の間に幽霊を成仏させたんだって噂になってたんだ」
うわぁ、まさか見られてたとは。一緒にいた正午にまで言及しない所を見ると、俺だけ目撃されてたのか。
「それに林が見回りに来るとコックリさんも出て来たし」
え、何。もしかして俺が当番の日を狙ってコックリさんとかやってたの?
ご苦労な事で。いやいや、そうじゃなくて。
俺が来るのを狙ってそんなのやってんじゃねーよ。どんだけ怖かったと思ってんだ。
くそ、腹立って来た。
そんな俺を放置して、正午が正木に問い掛ける。
「正木さんはどうしてここに来たんですか」
「そりゃ、目撃談が多いからだよ。窓に人影があったとか、子供の泣き声を聞いたとか、それこそ数えきれないほどの目撃情報があったんだ。でも林にも見えないとなると本当はいないのかも知れないな……」
人影ねぇ。中途半端な状態で放置されてるんだから、何かあるんだろうなって想像はする。過去に人が死んだって知ってたら、その幽霊がいてもおかしくないって思っても仕方ない。その怯えが何でもない物を幽霊と錯覚させたんだな、きっと。
「じゃ、もう解散だな」
俺がそう言うと、正木がガッカリしたように頷く。




