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数日経って提出された反省文は、余りにも手慣れた物で読み応えなどなかった。
そりゃそうだ。あいつら、これで四回目だ。
机の上に投げ出すと、それを見咎めた森がパッツン前髪の下から睨め上げて来る。
「またオカドウ?」
「ああ」
「もっとペナルティ増やした方がいいかもね」
何でもオカドウが好き勝手している所為で他の文化部も真似しているらしい。そのうち、運動部まで好き勝手するんじゃないかと言われた。
それは困る。
運動部の奴らはガタイがデカいし、卒業生とも繋がりが密だから何かと厄介なのだ。
どうしたものかと考え込んでいると、ドアをノックされる。それに答えて森が立ち上がるのを横目で見ながら再び考えに没頭する……ふりをして欠伸を噛み殺す。
花子さんの所為で寝不足なのだ。
あの人……人って言うか幽霊か。兎も角、元が地縛霊だったと言うのに、自由過ぎて困る。
俺に取り憑いているらしいんだが、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。風の吹くまま気の向くまま、好き勝手に移動している。しかも幽霊なものだからまさに神出鬼没。
この前なんか、自慢の黒髪をわざと乱した状態でテレビから四つん這いで出て来た。リアル貞子かよ!心臓に悪いわ!
だけど、見事なまでに空気を読んでくれるので、風呂とトイレにまで付いて来ないのは助かる。しかし、それは同時に花子さんの自由時間になってしまう。んで、昨日は風呂から出たら花子さんが消えていた。
これだけ好き勝手してるんだからそろそろ成仏するのかな。そんな期待をする反面、何も言わずに成仏されたら淋しいなぁと言うちょっと複雑な心境に陥りながらも、何となく花子さんが帰って来るのを待っていた。
まぁ、一時間ほどで戻って来た訳だけどさ。
……一人じゃなくて、何故か大量の鬼火を連れて来やがった。その後は阿鼻叫喚だった。俺だけが。
本当に驚いた時って声が出ないんだよ。吸った息を吐くすらままならない。カチンって身体が固まって声どころか小指の先も動かせなくなる。
無視したら大丈夫って言われてたけど、自分の部屋でこれでもかと存在を主張する鬼火を前にして無視できるなら苦労しないわ!
俺がビビり過ぎたからなのか、普段はいるんだかいないんだか良く分からない紫狼が出て来てくれたから正直助かった。紫狼が鬼火に噛み付いている間に何とか正午に電話したら、けんもほろろって言うか……「非常識な時間に電話しないで下さい」ってガチャ切りされた。
うん、そんな気はしてたよ。
正午はツンデレだから、いざと言う時にしか優しくしてくれないんだよな。まぁ、そのいざと言う時がいつなのか分からないけど。ツンも愛情の裏返しだと思って置こうな、俺。
そんなこんなで気が付いた時には朝になってて、鬼火共もいつの間にか消えていた。
花子さんは、まるで「ご☆めーん」って感じに笑ってたけど、いったいどこであんな大量の鬼火を見つけて来たのやら。
そう問い質したところで、俺と花子さんの間にはコミュニケーションが成立しない。こちらの言葉は聞こえるようだが、俺はこれまで花子さんの声を聞いた事がない。
まぁ、聞こえたら聞こえたで口煩いのかも知れないし、女子の甲高い声は苦手だから、これまでは困ったと思った事ないんだよな。
でも、こうして考えてみると……もしかしたら憑いてる中で花子さんが一番厄介なんじゃないのか?
犬と狐は根本的に俺とは興味の対象が違うんだよ。犬の紫狼は正午の式神だから、基本的に悪さはしない。狐にしたって、俺を呪い殺そうとした以外にこれと言って問題を起こした事がないんだ。まぁ、呪い殺そうとした時点で大問題なのだが、今は置いとく。
俺が言いたいのはそうじゃなくて、あの二匹……二体?
まぁ、何でもいい。式神どもは、俺をからかったりはしないと言う事だ。
だが、花子さんは違う。隙あらば全力でもって俺をからかいに来るのだ。死ぬほどヒマなんだろう、きっと。実際もう死んでるし。
正午に相談してみるか。
そう結論を出したところで、不意にズイッと顔が近づいて来る。
「委員長、どうしたの?」
下から覗き込むようにして見上げて来るのは、オカドウの正木だ。来訪者はこいつだったのか。
「何の用だ」
手の平で押し返すと、正木がそれに耐えきれなかったのか、ペタリと床に座り込む。
「反省文、読んだ?」
「前回のコピーなら読んだ」
ムスッとしたまま答えると、テヘペロとばかりに舌を出して笑う。
やめろ。それをやって許されるのは可愛い女子と某洋菓子店のマスコットキャラだけだ。
間違っても、俺よりガタイのいい男がやっていいポーズではない。
「お前は本当に反省する気があるのか」
「ある訳ないじゃん?」
悪怯れる様子もなくケロッと言う。
勘弁してくれ。今後も放課後に居残って、訳の分からない降霊会を開くつもりか。
「でも、風紀に迷惑を掛けるのは良くないとは思ったよ」
お?
何と。迷惑掛けてるという自覚はあったのか。そのまま行動を改めてくれたら、それを人は反省と言うんだ。だが、反省していない正木は俺を見てニヤリと笑う。
「だから林にだけ迷惑を掛ける事にしたよ」
普段は取り澄ましたインテリ眼鏡の癖して、下衆い笑いを浮かべている。
何なんだ、俺がお前に何かしたか?
全くもって心当たりなどないんだが。
戸惑う俺をよそに、正木が言葉を続ける。
「学校の敷地内で二度と問題を起こさないと誓おう」
「……本当に?」
「ああ。その代わりと言っては何だが、今日の放課後付き合ってくれ」
それぐらいならいいか?
いや、さっきの笑いからして『それぐらい』で済む訳がない。
「どこに行くんだ」
俺の問い掛けに何故か森が答える。
「隣町の幽霊マンションでしょ」
何と。
恐ろしいほど不吉で不穏な名称じゃないか。
瞬きすら忘れて森のパッツン前髪の下にある目を見つめる。
俺に凝視されても何とも思わない森は興味なさそうに肩を竦める。
「この近所で唯一の心霊スポットだから正木なら好きそうだなって思って」
マジか、近所にそんな恐ろしい物があるとは。
絶対に近づかないようにしなくては。
そう決意する俺を無視して正木が眼鏡の奥で目を細めて笑う。
「来てくれるだろ?」
「行きなさいよ、そうしたら風紀の仕事が減るんだし」
二人掛かりでそう詰め寄られて、思う。俺には味方がいないのか。




