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そう言えば、まだ謝ってなかった。
でも、何と言って謝ればいいのか分からない。
取りあえず、先にお礼かな……いや、コイツの所為で巻き込まれたような物だし、でも、コイツがいなかったら俺は狐に殺されてたんだろうから、やっぱりお礼を言うのが筋だろう。
「教えてくれて助かったよ、ありがとう」
「どう致しまして。もう帰りますか?」
素っ気ない。
曲がりなりにもいとこだと言うのに、冷たいほどに素っ気ない。でも、これはただのツンデレだ。そうでなかったら俺が凹む。
「まだ……この前の謝罪をしていない」
そう口を開くと、心当たりがないのか正午が怪訝そうに首を傾げる。
まさか忘れたとでも言うのか?
十代男子にとって大事件の筈だろ。
「何の事ですか」
「……本人に面と向かって言うのはちょっと恥ずかしいんだが」
床に押さえ込んでキスした事です、と言うのは俺にとって羞恥プレイに近い。でも、言うまで思い出しそうにないな、コイツ。
「犬の褒美に紛れてキスしただろ、それを謝ろうと思って」
「ああ。気にしてませんから」
嘘付け。メチャクチャ動揺してたじゃないか、お前。
「司郎が犬と同調しているのは分かってますから」
「それなんだが……」
俺の中に犬がいるのは分かる。そうでなかったら狐が釘を打ちに来た時、犬がどこから出て来たのか分からないしな。それに、あれから何度か呼びかけてみたんだが、その都度キチンと反応があった。人懐こい犬なんだろう。
でも、からだを乗っ取られる事はない。それは、俺に危険が迫っている訳ではないからという理由でもないと思う。だって、狐の時、犬は実体をもってあらわれたんだから。
そこで考えてみたんだが、どうやら正午に関わると俺は犬にからだを乗っ取られる。いや、からだではなく感情を動かされるんだ。
だから、キスした時。
俺は一人でボケとツッコミの二役をこなしていたんじゃないだろうか。
それなら、あの時の行動に犬は関係なかったと言う事になる。
俺が自分の意思で正午にキスした、これってつまり好きだって事だろ。
ボソボソとそう説明すると、面倒くさそうな溜め息が返って来る。
本当に酷いな、お前は。
俺がいとこだからか、それとも男だから相手しないって事か。
「その気持ちが犬の感情に左右されているものかも知れないじゃないですか。じゃなかったら一時の気の迷いって奴ですよ」
そこまで否定するか、普通?
だとしても俺だって引く気はない。気の迷い、大いに結構。
「押し付けるつもりはない。でも、さっきの話を聞いた上で思うんだが、俺は結婚しない方がいいだろう」
「そんな先の話……」
「先だろうが後だろうが関係ない。俺は一生結婚しないし、女とも付き合わない」
うっかり子供が出来たら、狐に呪われるかも知れないんだ。そんな可能性は排除しておくに限る。
「それはお好きなように」
「そもそも、犬はお前の物だったって言ってたよな。名前付けたのもお前なのか?」
被せるように質問すると、気まずそうに正午が目を逸らす。
何やら痛い事を聞いてしまったらしい。
これまでの仕返しではないが、調子に乗って更に質問を重ねる。
「漢字は違うらしいけど、読みで言ったら俺と同じだろう。少し紛らわしくないか」
「面倒臭い」
唐突とも言えるタイミングで正午がそう呟く。
俺の事か?
他に思い当たる事がないんだから、やっぱり俺が面倒臭いって言ったんだろうな。幾ら何でも傷つくぞ。
「名前のないものを呪う事は不可能です。だから名付けるという行為は呪いと同じです。簡単に言うと、シロウという音でもって、犬を司郎と同調させたんです」
よく分からないけど、言霊って奴か……言うと本当の事になるって奴だろ。何か違う気もするけど、俺にはそれ以上の理解は無理だ。
でも、これで分かった。
コイツはこの家に来てから犬を育てたんだろう。俺を守る為に。
「だったら、俺はお前をずっと口説く」
正午が投げやりに言うのと同時に宣言する。
俺の知らない間、ずっと守ってくれてたんだ。しかも、それは物心ついたかどうかって頃だ。
そんなのどう考えても感激するに決まってる。
コイツが何を思って、俺に犬を憑けたのかは分からない。でも、そこに好意が全くなかったとは思えない。寧ろ俺のこと大好きだろとしか思えない。
因みに俺は大好きだ。
ひっそりと片思いされるとか、何それオイシいとしか思えない。一歩間違えればストーカーかも知れないけど、俺はそういうシチュエーションに弱い。
あと、強いて言うなら正午が俺の好みのタイプだからってのもある。
顔が小綺麗だし、性格はツンデレだし。
まぁ、男でいとこってのは本来ならあり得ないと分かっている。でも、俺の場合、女と付き合えない訳だから障害にはならない。寧ろ、事情を知っている正午に俺が惚れたのすら運命としか思えない。
最初は何を言われたのか分からないといった顔でマジマジと俺を見つめていたが、徐々に呆れたとでも言うように冷ややかな目つきになって行く。それすらも可愛く思えるのは惚れた欲目って奴か。
「……バカですか」
「知らなかったのか、恋すると男はバカになるんだよ」
そう言うと、暫く間をあけてから正午が笑い出す。
生意気そうでもなく、皮肉な感じでもない。
年相応の柔らかで明るい笑い声だった。
夏休みも後半に入り、補習を受けるために学校へ行くと旧校舎はなくなっていた。
計画では新しく部室棟を建てるらしいが、今は更地になっている。
それを見て、本当に終わったと安堵するのと同時にほんの少しの淋しさも覚える。
佐倉小花はちゃんと帰れたらしいけど、花子さんはどうだろう。教頭が死んだ事で恨みが消えて成仏してくれてたらいいな。
そんな事を考えながら教室へ向かうと、先客が一人いた。
エアコンの入っていない暑い日だ。何もしなくても汗が流れると言うのに、そこに座っているのは長袖姿の少女。セーラー服と長い髪。
「え……」
何でここにいるんだ?
頭が真っ白になって来た道を回れ右して戻る。
廊下を歩きながら携帯で正午に電話を掛けると、コール音二回目で出た。
「何ですか」
「いるんだけど!」
「何が」
押し殺した俺の声に煩いとでも言うように素っ気なく聞き返して来る。生意気な奴だ。
でも、今はそれどころじゃない。
「花子さんだよ!」
成仏したんじゃなかったのか?
お前が終わったって言ったんじゃないか!!
「教頭の死因は心不全でしたよね、もしかしたら本当にただの病死だったのかも知れませんね」
「それがどうしたって言うんだよ」
「取り殺す筈だった相手がいなくなって花子さんは旧校舎に縛られなくなったんじゃないですか」
だからって、何で俺のクラスに!
地縛霊やめて浮遊霊になったとでも言うのか……でも、どうして俺の席に座ってるの!!
「司郎には犬と狐が取り憑いている訳ですから呼び寄せてしまったんでしょう。大丈夫ですよ、何かあったら犬が追い払ってくれますから」
そういう問題か?
邪魔だから追い払うって、幽霊をハエとかと同じ扱いにしていいのか……?
「放っとけばそのうち消えますよ」
それじゃ、と言って電話が切れる。
こっちの話なんか聞く耳持たないって感じだ。
おそるおそる教室に戻り、そっと中を覗く。
俺の席に座った花子さんは机に手を乗せてボンヤリしているようだった。
足を取り戻したからか、全身塗れていた血も消えていて、何て言うか普通だ。
でも、存在感って言うか影がない。やっぱりどう見ても幽霊だ。
うわぁ、イヤだー。怖いよー。
声に出さず駄々を捏ねていると、花子さんがふと俺を見る。
そしてニッコリと笑う。
気の所為かな、何だか目があってるようなんだけど……まさかね、アハハ……。




