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比与森家の因縁  作者: みづは
紫の獣
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32

何だか分からないうちに足立が家に来る事になった。しかも、今。

別に気遣う必要もないから構わないと言えば構わないんだけど、ちょっと急だなとは思った。でも、足立は急いでいるらしい。


「明日じゃダメなのか?」

「早い方がいいでしょう」


そう言われたら俺に拒否はできない。

マンションに帰り、前と同じようにリビングに通す。


「メシは何か出前でも取るか。風呂はどうする」

「入って下さい」


いや、俺じゃなくてお前だよ。

花壇掘り返したって言ってたじゃん。風呂入ってサッパリしたいって思うのが人情ってもんだろ。


「その間に準備して置きます。紙とペンを貸して下さい」


言われた通り、ルーズリーフとボールペンを渡す。それを受け取った足立が「どうぞ、ごゆっくり」と言うので仕方なく風呂場に向かう。


頭を洗って身体を洗う。手のひらが赤茶色に汚れているのはバールの錆か。

それをゴシゴシと洗い流して、部屋着にしているジャージに着替える。

リビングに戻ると、足立がキッチンから顔を出す。


「塩をお借りしますね」


何か作るのか?

そう思って見守っていると、何やら書いてあるルーズリーフを部屋の隅に置いて、その上に塩を盛る。

そして俺を見て、「そこに座ってて下さい」とソファを指差す。

腹減ったんだけどなぁ……でも、何となく言い出せない空気だし。

何だかよく分からないまま、指示された通りに座る。


「からだを楽にして目を閉じて……深く息を吸って下さい」


俺の目元を手で覆ってそう言う。言われた通り深呼吸をすると、スコンと穴に落ちたような感覚がして驚く。


「大丈夫、そのままゆっくりと呼吸して……そう、シロウちゃんはいい子ね」


あ……それ、夢の中で祖母さんが言ってたのと同じだ。

途端、水の上に浮かんだようにフンワリと心の底からリラックスしてしまう。

何も心配なことなんかない。怖いものもない。

だから、何が来ても大丈夫。

手足から力を抜いてクタッとするが、耳障りな足音が聞こえてギクッとする。


ヒタ、ヒタ……と。


こちらを窺うようにゆっくりと近づいて来る足音。同時に鼻先を異臭が掠める。


「来た」


短くそう言うと、足立が俺の目元を覆っていた手を降ろす。その所為なのかどうか、つい目を開けてしまう。

そして、すぐさま後悔する。


うぎゃぁー!


怖いなんてものじゃない。存在そのものが禍々しい。

やって来たのは巫女さんの格好をした動物だった。白い小袖に緋袴、その下に覗くのはどう見ても毛むくじゃらな動物の足。

頭にはピンと尖った耳があり、目は釣り上がり、口は耳もとまで大きく裂けている。匂いの元はその口から吐き出される息の所為だ。


「祓いたまえ、清めたまえ……」


抑揚のない酷く淡々として口調でそう呟く。最後の方は何を言っているのか聞き取れない。

でも、足立の声が聞こえたのか巫女の服を来た動物がビクッと足を止める。

俺は別に何も感じないけど、動物にとってはイヤな物らしい。

何度か同じ言葉を繰り返して、傍にあるコップに指をつけて、それで床をグルッとなぞる。

何してんだか全く分からないけど、それを聞ける雰囲気ではない。


「さて、結界を閉じました。僕を倒さない限り、ここから出ることは叶いません」


結界……それって、敵から身を守るためのものじゃないのか?

敵を中に入れて閉じたら……どうなるんだ?


「比与森ツルがシロウを憑けた事に注目していたらもっと早く解決できたんですけどね……まさか、答えがこんなに簡単だとは思いませんでした」


言うと同時に濡れた指で俺の右の目蓋を押さえる。


「来い、シロウ」


その声に答えるように俺のからだからグァッと何かが抜けて、足立の横に大きな黒犬が立つ。

出て来た途端、シロウはけたたましいとしか言いようのない勢いで動物に向かって吠え立てる。

近所迷惑……そうは思うけど、そんなこと言ってられる状況じゃない。


今にも噛み付かんばかりに吠えるシロウと、その声に立ちすくむ動物。それを見つめる足立の目は強かだ。


「我に向かうものはことごとく敗れ無辺のかたに退く」


またもや淡々とそう呟きながら動物に一歩近づく。それに押されたように袴を履いた動物の足が一歩後ろに下がる。

だが、それ以上は行けないらしい。結界の所為なのか。


「どうしますか?」


突然としか言いようのないタイミングで足立がこっちを見る。

そんなこと聞かれても何が何やらサッパリなんだけど……。


「相手は狐です。このままシロウが食い殺してしまえば消えますよ」


うぇえ……実体がないとは言え、自分ちで動物が食い殺されるのはちょっと。

血とか出たら、色々と立ち直れない気がする。


「他の方法で……」


消え入りそうな声でそう頼むと、最初から俺の答えなんか分かってたとでも言うように足立がニッコリする。


「分かりました。目を閉じて、何も考えないようにして下さい」


それは難しい。でも、そう言われたからには何とかしないといけないだろ。

目を閉じて、心を無にするものを想像する。


何だ……何がある。

考えるなって言われたけど、そう簡単に考えなくなるのは不可能な訳で。仕方ないので、感情を交えずにこれまで見たものを心の中で思い浮かべる。

木造でボロボロな旧校舎。そこで見た足立。

背が小さくて髪はサラサラ、その上、小綺麗な顔してる癖に物凄く生意気な奴。

呆れた顔、バカにした顔、疲れた顔。でも、他にも見たような気がする。

何だろう……俺を見た時、ほんの一瞬だけ……そう、嬉しそうな顔をする。


嬉しそうって何で?


「終わりました」


その言葉にビクッと目を開くと、動物もシロウも消えていた。

足立は部屋の四隅に置いた塩を零さないように持ち上げている。


「何があったんだ」


そのままキッチンに向かう足立を追いかけ、いても立ってもいられずに問い掛ける。

塩をシンクに流し終えてから俺を見る。


「供養をしようとしたんですが、嫌がられまして。仕方ないので先輩に憑けておきました」


………は?


あれ、おかしいな。

俺の右目に憑いてる犬を祓ってくれるって約束だったのに……まぁ、それはいい。狐だか何だかが俺を呪ってたからシロウを祓う事ができないって言われてたから。だからって、どうして一匹増えてるんだよ!

しかも自分を殺そうとしてた奴とか……本気で意味が分からないんですけどー!!


「いいじゃないですか、狐。賭け事とかではラッキーアイテムですよ」


十八才未満は競馬も競艇もパチンコも禁止なんだよ!

俺は至って小心者なんだから、ギャンプラーになる気なんかこれっぽっちもないんだってば。

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