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教頭が倒れたのを見て、足立が俺を引っ張る。
「行きましょう」
その言葉に促されて旧校舎を出ると、驚いたことに夕日が差していた。
そうか、まだ日暮れ時だったのか。
どうやら旧校舎にいたのは三十分ほどだったらしい。一晩ぐらい経ったかと思ったんだけどな。
バールを引きずり歩くが、流石に人目を引くだろうと思って風紀室に投げ込む。
森が何か言いたそうにこちらを見ていたけど、残念ながら俺は何も話したくない。怠くて口を開くのも億劫だった。
学校をあとにして歩き続けること、十分ちょっと。少しずつ恐怖が薄れて来たらしい。
大きく息を吸い込み吐き出す。
「さっき言ってた鬼の何とかって?」
些細な事なのかも知れないけど、他に口を開く切っ掛けがなかった。
俺の質問に足立が白けたように溜め息をつく。
「西行法師、知ってます?」
「えっと……新古今集だったか」
「はい。僧侶にして武人、そして優秀な和歌を残した事で有名ですが、術師としては二流どころか三流だったようです」
歴史上の人物に対してこの容赦のなさ。お前は本当に何様だ。
「鬼の法、或いは反魂の術と言います。手順は面倒なので省きますが、要は死人を生き返らせる呪術です」
「そんなことできるのか?」
ビックリだ。
でも、オカルトでは割合ポピュラーな方かも知れない。だって、ゾンビとかあるし。
「できません」
足立がアッサリと否定する。
もうちょっと躊躇うふりぐらいしてもいいんじゃないのか?
「本当にそんなことができたら、人工は増加する一方じゃないですか。食料が不足するし、何より地球の面積は限られてるんですよ。アッと言う間に地球の表面が人類で覆われちゃうじゃないですか」
まぁ、それを言ったら確かにそうなんだけど。
いろいろと訳の分からないことする割りに現実的って言うか何て言うか。ちょっと足立のことが分からないよ、俺は。
「だったら、どうして幽霊なんてのがいるんだ?」
俺はよく分からないけど、お前はそういう相談とかされるんだろ。
さっき自分で『プロ』って言ってたぐらいだし。
「僕に持ち込まれる話のうちの九割はただの錯覚です。幽霊がいるんじゃないか、いるに違いない、いて欲しい。そうやって思い込んだ結果、幽霊のようなものが見えると言う訳です」
「でも、俺は別に見たくないけど」
少し強がってみたが、俺は心の底から見たくないと思ってる。
だって怖いじゃん!!
「だから先輩が見てるのは残りの一割なんですよ」
うわぁ、お墨付き貰っちゃったよ。いらねー、そんなの。
ゲンナリとする俺を見て足立が呆れたように溜め息をつく。
「特に関わりないんだったら単に景色の一部として認識すればいいだけなんですけどね」
それができたら、こんな苦労はしないっての。
暮れ行く赤い空を眺めながら、悪夢のような一日だったと思う。いや、足立と知り合ってからずっとおかしな夢を見ているようだ。
でも、終わったんだよな。
佐倉小花と花子さん。
痛みから解放され家に帰った少女と、自分を殺した相手に復讐した少女。
教頭がどうなったのか気にはなるけど、これ以上関わりたいとは思わない。たぶん、死んだんだろうし。
「明日からどうなるんだろうな」
旧校舎で教頭が死んでいるのが発見されたら大騒ぎになるだろう。花子さんの白骨死体もあるんだし。
「どうにもならないでしょう、人ひとり死んだくらいじゃ世界は変わりませんよ」
足立がやけにクールな口調でそう言う。本当にこいつ一年かよ、そうツッコミたくなるぐらい冷めた意見だった。
公園の前で足立が「右目どうします?」と声を掛けて来る。
そう言えば花子さんのインパクトが強くて忘れてたけど、俺ってば五寸釘で打たれたんだよな。でも、どうしますと言われてもどうしようもない。
俺の右目にいるシロウを追い出したら、また五寸釘で打たれて……もしかしたら死ぬって可能性もある。まだ死にたくない俺としてはシロウに出て行かれては困る。
だからって、このままシロウに居座られても困る。死ぬのはイヤだけど、幽霊を見るのもイヤだ。
「たぶんですけど、対処できると思います」
「は?」
そうなの?
祖母さんが人を呪ったのが風となって戻って来てるって言ったよな。その風を止めることが出来るのか?
「シロウが吠えた途端、相手は消えたんですよね?」
「あ……ああ、そうだったかも」
「だったら、何とかなると思います」
「どうやって?」
信じてない訳じゃない。でも、ここまで散々振り回されて来たんだから、俺としてはどうしても警戒してしまうだけだ。
「今夜、カタを付けましょう」




