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バールとサバイバルナイフだと、リーチがだいぶ違う。
だからバールを持っている俺の方が有利な筈なんだけど、逃げ腰って言うか及び腰な分だけ不利だと思っていい。
落ち着け、頼むから落ち着いてくれ!
バールを握る手が震えるのを見て、何度も頭の中で自分自身に懇願する。
そうだ、深呼吸だ!
スーハースーハー、脳に酸素を送れば何かいい考えが……全く浮かばないー!
動揺しまくりな俺に向かって教頭が一歩足を踏み出す。
うわぁ、もうダメだ。殺されるぅ!!
「来い、シロウ」
混乱の極みにいる俺の耳に凛とした声が響く。
それにつられるようにして、俺の足が勝手に動き、いつの間にか背後に来た足立の後ろに回り込む。
助かった、ありがとうー。散々貶してごめんね!!
これからは心を入れ替えて悪口は少しだけにしとくから!
そうホッとしたのも束の間。足立が何やら教頭に向かって投げつける。
泥に塗れてよく見えないが、それはたぶん白かった筈のものだ。
俺たちと教頭のちょうど中間、セーラー服をまとった白骨の辺りにそれは落ちる。
「交際していた女子生徒を殺した現場を放置して、それを目撃した生徒をも殺害。容疑から逃れるために自分の娘に偽証させた。あなたが守りたかったのは、殺した女子生徒の肉体……肉はもうないから遺骨ですね。そこまでしてあなたは何をしたかったのか。結論から言いますと、交際していた女子生徒を手放したくなかった。逃亡を許さず片足を切り落として、更に成仏すらも許さず、永遠に縛り付けるために足を下の花壇に埋めておいた。かくして、殺された女子生徒は『旧校舎の花子さん』となって廊下を這いずり、失われた己の足を探すようになった」
足立の言葉に、床に投げ出された白い物を見つめる。
もしかして……あれって花子さんの足なのか?
今さら驚かないけど、それにしてもどうやって足がそこに埋まってるって分かったんだ?
「花子さんが旧校舎から離れなかったので、近くにあるとは思ってました。咄嗟に花壇を見たら不自然な隙間があったので、掘ってみたんです」
そんな、お前……ちゃんとあったから良かったものの、もうちょっと根拠とか何かなかったの?
唖然とする俺を無視して足立が話を続ける。
「素人ながら勉強したようですね。西行法師を真似て鬼の法を試してみた。だけど、それは失敗に終わった。彼女は蘇らず、肉は腐り白骨化してしまった。だが、まだ望みはある、そう思ったあなたは殺してしまった佐倉小花で再び試してみたけども、矢張り失敗した。その要因が何だったか分かりますか」
「君には分かるのかね」
「ええ、僕はプロですから」
そう言ってニコリと微笑む。
どうしてこの場で笑えるのか不思議だが、足立の顔は相手を憐れむように優しいものだ。
「花子さんが足を取り戻したのでお喋りしてる時間はないですよ」
そう言って床にあるそれを指差す。
飛び散った血痕、長い黒髪。それらが僅かに蠢いて見えるのは気の所為だよな……?
でも、ユラユラしてる。
床一面にある血の痕も、壁や天井にある血しぶきも、花子さんの元へズルズルと滑ってってる。
怖いってより気持ち悪い。だって、まるで大量の虫みたいだ。
髪の毛も心なしか、さっきより色つやがいいし……って、顔!!
のっそりと手をついて起き上がった花子さんに顔がある!
色白で切れ長な黒い目。赤い唇からは、それより赤い血が滴り落ちている。
廊下で這いずっていた時は分からなかったけど、かなりの美人だ。
だから教頭はここまで花子さんに執着したのか?
起き上がった花子さんはよろよろしてはいるけど、二本の足で立ち上がる。足立が足を見つけたから歩けるようになったのか。
そのままフラフラと教頭に近づく。
どうやら佐倉小花と違って、家に帰りたい訳じゃないらしい。
前に花子さんの目的を森に聞いたな、そう言えば。
「一節によると、髪の残っている髑髏はそれだけ恨みが深いとも言われています」
その言葉に思わず花子さんの髪に注目してしまう。
歩く度にユラユラと揺れる黒髪。それは別に疎らと言うほどではなく、普通の人と同じぐらい生えている。
長さにしろ量にしろ、それが恨みと比例しているのなら相当深いと思っていいだろう。
花子さんの目的は復讐。
まだシッカリと歩けないのか、花子さんは右足を引きずりガックンガックン歩いている。
ずり落ちた眼鏡すら直せず、教頭は目を見開いて花子さんを凝視する。
不自然に揺れながら花子さんが教頭に抱きつく。両腕を背中に回し、髪まで教頭の身体に絡めて。
教頭は直立不動のまま俺たちの方を向いている。その手からサバイバルナイフが音を立てて落ちる。同時にミシミシと骨の軋む音がする。
「あ、ぁあ………」
教頭の口から空気と一緒に声が漏れ出る。ただ肺にあった空気が抜けた、そんな感じだ。
花子さんに抱きつかれギリギリと締め上げられている教頭。顔は天井を見上げているので、俺にはどんな表情をしているのか見えない。
だけど、つい想像してしてしまう。
身勝手な理由で二人の少女を殺した教頭。
その目に浮かぶのは恐怖か歓喜か。




