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慌てて一年の教室に行くが、またもや足立は欠席していた。まだ一学期だって言うのにどんだけ休むの、お前。
「携帯の番号知ってるか?」
前回と同じくウサギっぽい一年生にそう聞く。
「え……いえ、殆ど学校来てないから」
登校拒否って奴か。
まぁ、入学早々、教室で犬を呼び出したらしいから面倒に思っても仕方ないんだけどさぁ。
だったら、ちょっかい出されても無視してりゃいいのに。
適当に礼を言って廊下を引き返す。
俺の考えが正しいかどうか足立に問い質そうと思ったのだが、それは空振りに終わった。
だとしたら、どうしたらいい。
教頭に全部知ってるぞと脅しを掛ける……か。いや、それはマズいだろう。
体格では負けないと思うが、追い詰められた教頭が何を仕出かすか分からない。俺に向かって来るならまだしも、他の生徒や教師に危害を加えられたら堪ったものじゃないし。
だったら、俺ができる事は一つだけだな。
開かずの間となった音楽室をこじ開ける。これしかない。
その足で用務員室に行くが、残念なことに手頃な道具はなかった。ドライバーや金槌ならあるんだけど、それじゃ防音扉を開けられない。
バールがあったら完璧だったのだが、学校でそれを使う機会なんかないだろうから仕方ない。あとで買って来るとするか。
そうなると、今は授業に出るしかない。今日は英語の小テストがあったはずだし。
本当は早退してでもバールを入手して旧校舎に向かいたい。だけど、早退する言い訳が思いつかないし、何より一人で旧校舎に行く勇気なんか俺ある訳がない。
昼間だから大丈夫って思うだろうけど、経験から俺は知っているんだ。奴らは朝だろうが昼だろうがそこにいるのだ。
ぼんやりとした幻のように見える奴もいるけど、生きている人間と同じぐらいハッキリしている奴もいる。
花子さんはどう考えても後者だろう。何しろ夜とは言え、あそこまで存在感があったんだから。
あんな血まみれの幽霊を一人で見て、気を失わない自信がない。気絶してこその林司郎だと胸を張って言える!
いや、まぁ……自慢にはならないんだけど。
そんな訳で一人で旧校舎に行くのは絶対に無理だ。
だから俺はここで小テストを受けるしかない。それが俺に与えられた使命なのだ。
左手で頬杖つきながらシャーペンを動かす。
そう言えば、犬がいると分かってから右目の視力が更に落ちたような気がする。
それに比例して、おかしな物が見える頻度も上がったような。
窓からは午前中の光が差し込んでいるし、天井の照明だってついている。
教室はこれ以上になく明るい。
なのに、モヤモヤとした影のようなものが揺らめいているような気がして仕方ない。それに意識を向けると、もっとハッキリしそうなので頑張って目を逸らす。だが、どうしても気になる。
怖いって思ってるのに、見てしまうのはどうしてだろう。
モヤモヤした物は次第に人の形となる。同時に何とも言えない、悪臭が辺りに漂う。
え……っと、もしかしなくてもかなり怖いんですけど。
逃げ出したいのに金縛りにでもあったように指一本すら動かない。それどころか目を逸らすこともできない。
黒い影は教室の中をゆっくりと移動して、テストを解く生徒一人一人を確認しているようだった。
ヒタリヒタリ、と。
靴をはいているのではなく、かと言って裸足でもない。明らかに人とは違う足音が背後から近づいて来る。それにハッとして慌てて顔を下に俯かせる。
何だか分からないけど、見つかったらヤバい。本能的にそう察したのだが、遅かった。
俺の真横で足音はやみ、耳元では荒い息遣いがしている。
見つかった。
頑として机から目を逸らさずにいると、不意に影が動く気配がする。
コー……ン、
この場にそぐわない甲高い金属音。
何の音だ。
疑問に思う間もなく、再び同じ音が耳の傍で響く。
釘だ。五寸釘を打ち付けている音だ。
そう思った途端、胸の辺りに痛みが走る。
これは、もしかして丑の刻参りだろうか。
昼間なのに何で?
そうは思うけど、それどころじゃない。
こんなにもハッキリ感じるなんて思わなかったけど、これが足立の言っていた呪いってやつか。
このまま釘を打ち込まれ続けたら、たぶん死ぬ。思っていたよりも痛みがダイレクトだし。
俺だって流石にまだ死にたくない。どうすればいい。
足立なら、何とかできるだろう。でも、俺にはその知識も能力もない。それどころか指一本動かせない。
ジッと机を見下ろしたまま考える。それぐらいしかする事がないからだ。
机の横、そこに何かが見える。意識をそれに集中させると、影だったものが輪郭を取りはじめ、足になる。だけど人間の足じゃない。
毛に覆われた動物の足だ。それが二本足で立って、釘を打ち込んでいるのだろう。動物をキャラクターにしたアニメなどではよく見かけるが、あれはリアルじゃないから可愛く思えたんだな。リアル動物が二本足で立ってるってだけで不気味だし怖い。
何の動物だか分からないが、その息が俺の耳に当たる。シュゥと漏れる呼吸音と鼻につく悪臭。怖いって言うよりも気味が悪い。
足立が言っていた通り、動物か何かの低級霊なのだろう。言葉が通じない分、あるのは本能にも似た憎悪だけ。
だったら、こっちも本能に近いところで対応するしかない。でも、それは何だ。
「く……っ、」
再び釘が打ち込まれ、胸の痛みに声を上げそうになる。
ダメだ、あと数回で俺の心臓は動きを止める。それまでに何とかしないと……でも、どうやって。




