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朝練する運動部員の掛け声を遠くに聞きながら風紀室に行く。
調べたい事があったのだ。二年前の旧校舎で起きた事故、その詳細が知りたかった。
誰もいないだろうと思ってドアを開けると、意外な事に森が椅子に座って何やら作業していた。
「あれ、早いね」
眉毛に掛かる前髪を指で掻き上げてこちらを見る。
「ああ、森もな」
「私はいつもこの時間には来てるよ」
早起きだな。ちゃんと寝てるのか?
そう思うが、森の顔色は通常通りだ。もしかしたら早寝早起きの年寄り体質なのかも知れない。いや、森の体質なんかどうでもいい。
書類を収めたキャビネットを開けると、「何してんの?」と森が近づいて来る。
「一昨年、旧校舎の解体工事を請け負った会社がどこなのかと思ってな」
「どうして?」
「足場が崩れた事故があっただろう、その詳細を知りたいんだ」
ふぅんと気のない声を上げて、森がどこかに電話を掛ける。
興味がないんだろうな。まぁ、俺だって今更そんなこと調べて何の意味があるのか分からないんだし。
「先輩、お久しぶりです。ちょっといいですか」
電話の相手が出たのか、森が誰かと話し出す。
それに振り返ると、受話器を差し出された。何だよ。
「去年卒業した先輩がその会社でアルバイトしてるから聞いてみれば?」
マジか。何て使える奴なんだ、お前は。
軽く感動して「助かる」と呟く。
こちらの事情を説明するまでもなく、この学校のOBである先輩は旧校舎の怪談について詳しかった。だから、急な電話でもさして不思議に思わなかったのだろう。
「履歴書見てすぐに分かったんだろうな。バイト先で何度か話題になったよ」
互いの紹介を終えて、先輩がおっとりと話し出す。
「噂では足場が崩れたってなってるだろ、でも本当は違うらしいんだよな。誰かが足場を固定する部品を抜き取ったらしいんだ」
それは……どういうことだ。
「もちろんすぐ分かったけど、間の悪い事に作業員が転落して怪我をしたんだよ。捻挫とかの軽い怪我だったらしいけど、それを学校に報告したら、工事の中止を言い渡されたんだって」
部品を抜き取られて作業員が怪我をしたのだ。不注意だと言われても仕方ないのかも知れない。だが、問題はそこじゃない。
旧校舎にいる幽霊が事故を起こさせた。そう噂された理由は何だ。
礼を言って電話を切る。そして傍にいる森を見る。
「旧校舎の音楽室の鍵がないんだが」
「音楽室?」
キョトンと首を傾げる。その様子から音楽室が開かずの間である事を知らなかったのだろうと分かる。
内線で生徒会で旧校舎の鍵が幾つあるのか聞いてみる。答えは風紀と同じ、矢張り音楽室の鍵はないようだった。
どういう事だ。
新たに分かったのは、工事にまつわる事故の詳細と開かずの間。
どっちも誰かの作為が働いているように思うのは気の所為だろうか。
その誰かが花子さんを殺した犯人なのか?
「そう言えば」
足立が昨日言っていたことを思い出す。
佐倉小花を駅で目撃したと言った生徒、その名前に注目しろと言っていた。
再びキャビネットを開けて五年前の書類を探し出す。
説明しようとしない俺に諦めたのか飽きたのか、森は席に戻って自分の仕事を再開させたようだ。
それを背中で感じながら目的の書類を見つけ、中を開く。
佐倉小花の両親は失踪届けを出しただろうが、学校に警察が来る事はなかった。だが、生徒の行方不明と言う事で風紀が周辺人物に聞き込みをしていたのだ。
その数は少ない。
担任と仲のよかったクラスメイト、そして駅で見たと証言した生徒だけ。
その生徒の名前は倉阪美江。
これは偶然だろうか。特に珍しい苗字ではないのだが、倉阪という名に見覚えがある。
何故ならこの学校に同じ名前の教師がいる。俺も頻繁に顔をあわせる教師だ。




