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戦慄する俺にお構いなく、犬が動き出そうとする。
主人の命令には絶対服従なんだろうけど、それ以上に足立の言う通りにして褒められたいに違いない。
やーめーてー。
いっそ気絶させてくれ。いや、起きた時に花子さんの血が口元についてたら錯乱する自信がある。死ぬよりそっちの方がヤバいだろ。ダメだ、却下。やっぱり無理!
一人で百面相をする俺を見て、足立が素っ気なく溜め息をつく。そしてパーカーのポケットから数珠を取り出す。
何をするつもりだ?
見つめる中、数珠を花子さんの手に巻き付け何やら唱え出す。いつかも聞いた独特な抑揚のついたそれはお経と言うより呪文のようだ。
それが終わると同時に花子さんが跡形もなく消えてしまう。
「失敗したか」
悔しさなんて微塵もない、落ち着いた声でそう呟くと数珠をしまって立ち上がる。
何、今の。
ポカンとするしかないだろう。
何をしたのかは分からないけど、間違いなく花子さんを消したんだ。
そんな事できるなら、もっと早くやってくれよ!
そもそも俺なんかいなくたっていいじゃん!
「逃げられたんですよ」
俺の表情を読み取ったのか、足立が肩を竦めてそう言う。
「シロウがいるだけでも先輩のからだには負荷が掛かってるんです。その上、花子さんにまで取り憑かれたままでは何があるか分かりませんから、お守りを取り返そうとしたんですけどね」
だから花子さんの腕を食いちぎれって言ったのか。
無茶な命令の意味は理解したが、何だかやるせない気持ちになってしまう。
俺が花子さんにお守りを渡したのは、いわば気紛れに近いんだ。それなのに花子さんはそれを握りしめて廊下を這いずっていたのだ。何を求めてなのかは分からない。
そう、俺には何も分からない。
でも、分かる事もある。俺の気紛れに縋ってしまうほど花子さんには何もなかったのだ。
それを可哀想だと思うし助けてやりたいとも思う。
幽霊が怖いんだろって言われたらその通りだ。強がってみたって怖いものは怖い。でも、それとこれは別だろう。
それに怖いからって逃げても解決しないんだ。だったら、俺は花子さんを助けたい。
あるべき姿に戻って行くべき所へと、ちゃんと送ってやりたいんだ。
そうと決まれば、やるべきことも見えて来る。
花子さんが死んだ理由、殺されたんだとしたらその犯人を突き止めてやる。
それには情報が決定的に足りてない。いつ、どこで。
それらを知るためのヒントがどこかにある筈だ。考えろ。
腰を抜かしたままグルグル考え込む。
情報が足りない。でも本当にそうなのか?
花子さんの事件に関して、俺は無関係な傍観者だと言っていい。だけど、旧校舎に出る二人の幽霊、それを目撃したという点では当事者だ。
だから俺しか知らない事がある筈だ。それは何だ、考えろ。
黙り込む俺に痺れを切らしたのか、足立が僅かに移動する。その気配に顔を上げると、花子さんがいた場所、そのすぐ目の前にある扉に手を掛けていた。
鉄製のように見えるそのドアは他の教室と違って重たそうだ。足立がそのノブを掴み、捻る。
ギッ、ッッ。
僅かに軋む音がするだけでノブは回らない。
何度か試してこちらを振り返る。
「鍵ありますか」
風紀室から持って来た鍵束を投げる。それを受け取り、一つずつ鍵穴に差して行く。
「他には」
「ない、それだけだ」
鍵を保管しているのは教頭と生徒会、そして風紀。
もしかしたら風紀以外なら持っているのかも知れないが、そんな事をする理由が分からない。
何とか落ち着いて来たので、腰を上げて足立の隣に並ぶ。ドアノブを捻って、鍵が掛かっている事を確認する。
「音楽室か」
プレートに書かれた文字を読み上げる。
他の教室とドアが違うのは防音のためだろう。だが、鍵がない事の説明にはならない。
「開かずの間ですね」
「ここが何か関係あるとでも?」
関係あるのだろう。まだ二回しか見てないが、花子さんはこの廊下を這っていたのだ。音楽室に用があると思っていい筈だ。
「なぁ、今日は引き返さないか」
これまで散々ビビっていた俺がそんなことを言い出したんだから、足立としてはまたかと思ったのだろう。だが、俺の顔を見て何かを感じたのか小さく頷く。




