21
呆気に取られる俺を無視して、足立が淡々と言葉を続ける。
「その代償に彼女は娘を失っています」
「娘って、まさか」
「先輩のお母さんですね」
アッサリと言われた。
これまで記憶の欠片すらなかった母だが、祖母の仕事で死んだと言われたら複雑にもなる。
祖母の仕事を知っていたのかどうか。今の法律では人を呪い殺しても、不能犯扱いになるだろうけど、人殺しと言われても仕方ないと思う。それを娘として止めようとは思わなかったのだろうか。
そして、祖母にも聞きたい。
他人を呪う事によって自分の娘が死んだ時、何を考えてどう感じたのか。
「あ、じゃ……もしかして」
白昼夢で見たいとこの葬式。あの子が死んだのも祖母が他人を呪ったからなのか?
「呪いには厭魅と呪詛がありますが、どちらも時として風にたとえられます。呪いを放つ事で相手に風が吹く。そして、その風はいつか返って来る。だから邪道を行う者は少ないんですけど、実は風を避ける方法があります」
「どうやって」
何ぶんにも素人なので、足立の話を完璧に理解できているかどうか自信がない。
そんなだから先の話も想像がつかないので素直に質問すると、「裏技があるんです」と足立が言う。
「……比与森ツルがどうやって呪いを放ったのか分かりませんが、おそらく動物霊などを使役していたのでしょう。そういう意味では僕とシロウも同じなのですが、方法が違うし使い方も違っています。比与森ツルは力でねじ伏せ己に従わせていた、返って来る風はそのぶん強くなりますが、相手は動物です。目が効かない、人間と同じようには見えていないんです、そこが付け目です」
あ……何となく分かった気がする。
身代わりを用意したんだ、きっと。
家族を守るため、自分の血を絶やさないために祖母は全員の身代わりを用意していたんだ。だが、それは破られた。どうして。
「人形……」
そうだ、おひな様。
昼間に見た夢の中に出て来た桃の花。あれはひな祭りの事だったのか。
俺は男だから全くもって興味などなかったが、飾られたひな人形をどこかで見た事がある。何だか気味悪いと思いながら眺めていたんだっけ。
「心当たりがあるようですね」
「ああ、ひな人形だ。離れの物置にしまってあったのを伯母さんが見つけた」
そうだ、口から漏れた言葉が記憶となって俺の中で蘇る。
伯母は母さんのお兄さんと結婚したと言っていた。二人の子供が生まれ、ささやかながら幸せな生活の中、突如として夫が死んでしまったとも。
父さんはそれを聞いて、離れを貸し出したんだった。
いや、待て。この記憶は何だ。俺はずっと父さんと二人だったし、離れがあるような大きな家で暮らした事はない。
それなのに、何故か自分の記憶としてそれを思い出せてしまう。
混乱した目で足立を見ると、同情するように俺を見つめていた。
「僕が接触した事でシロウが力を取り戻したんでしょう、先輩の封印された記憶が蘇ったんですね」
じゃ……これは本当にあった事なのか。
愕然とする。
そりゃ、確かにこれまでのものと齟齬を来す訳じゃない。俺は一定の年齢までの記憶がなかったのだから、矛盾はない。それを疑問にも思わず生きて来たのだから、受け入れられない訳じゃない。
だからって、そうなんだぁって納得できるものでもない。
「人形……あのひな人形を出した所為でいとこは死んだのか?」
「おそらくは」
そうなのだろう。夢の中でも祖母は風が吹いてると言っていた。
いとこはまだ小さくて、俺よりも年下で……それなのにちょっとした手違いで死んでしまったのか。
「本題ですが……風はまだやんでいません」
だからこそ僕はシロウを奪われたんです。
そう足立が続けて言う。
「先輩のお祖母さんは相当な力があったんでしょう。死んだ後も家族を守ろうとした、だから僕の式神を奪い、それに先輩を守らせた」
おばあちゃん!!
助けてくれようとしたのは有り難いけど、孫は現在進行形で困り果ててるよ!
いやいや、落ち着け。
足立が返せと言うのなら返すしかないと思う。
それで俺が死んだとしても、足立には関係のない事だ。それに死因的にはきっと事件にならないと思うし。
ただ問題なのは、返そうにも返せないこの状況だ。
あの犬……犬でいいのか?
今は便宜上、犬って事にしておこう。
それが俺と同化してるって言ってたよな。無理に引っ剥がして大丈夫なのか?
「大丈夫ですよ、返せだなんて言いませんから」
マジか!
いい奴だな、お前!
足立に感謝の眼差しを向ける。いやぁ、綺麗なのは顔だけじゃなかったんだな。心根も優しいじゃないか!
「その代わり、」
そう言って足立がニッコリと笑う。その笑顔に何やら厭な予感がして逃げ出したくなるけど、俺の中にいる犬がそれを許してくれない。
「シロウの代わりを先輩にして貰います」
代わりって……シロウって犬の事だよな、犬か、そうか……俺って犬になるのか。そんな進路考えた事もなかった。参ったな、こりゃ。




