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比与森家の因縁  作者: みづは
紫の獣
19/103

19

森が立ち去ってすぐにさっさと席について弁当を広げる。


「佐倉小花の両親と話し合ってみたんですが、今のところ騒ぎ立てるつもりはないようです」


急にそう言われてキョトンとする。花子さんの事かと思ってたのに、どうして佐倉小花の話が出るんだ?

それに騒ぎ立てるつもりがないってのもおかしな話だ。

幽霊となった姿しか俺は見ていないのだが、あの怪我は事故で負ったものじゃないと一目で分かるものだった。誰かに刺されたとしか思えない。


「でも、娘が死んだのにそれは不自然じゃないか?」

「話がこじれそうだったので交渉しました」


交渉って、どうやって。

そう思ったのが顔に出たのか、足立がうんざりとした様子で溜め息をつく。


「花子さんの件と一緒して解決してしまおうかと」

「どういう事だ?」

「一つの場所に二人の死者、関係がないとは思えません。片方は自殺と言われていますが、もう一人は明らかに他殺でしたよね。だったら、自殺と言われている方も誰かに殺されたのではないか、そう考える事だって可能でしょう」


それは……花子さんも誰かに殺されたって事か?

俺の顔色を読んだのか、足立が小さく頷く。


「その場合、同一人物による犯行だと考える事もできますよね」


そりゃ、こんな狭い地域に殺人を犯すような奴が二人もいると考えたくはない。

でも、正確には分からないが二つの事件の間には十年以上の開きがあるんだ。少し不自然じゃないか?


「それを言い出したらキリがありません。今はこの前提で話を詰めてしまいましょう」


あー、ゲームする時はセーブしないでどんどん進めるタイプだったな、そう言えば。

あとで詰んだ時どうするんだとは思うけど、他に建設的な意見がある訳でもないので黙って頷く。


「昨日も夢を見ましたか」

「ああ。旧校舎にいる夢だった」

「具体的に。覚えてるだけでいいですから、見たもの感じたものを全部言って下さい」


言われて思い出す。

夢の内容そのものは別に怖くはなかったと思う。


「……旧校舎の廊下だと思う。今よりも少し綺麗だったか……放課後で外は暗いが廊下は電気がついているのか明るい。誰かと待ち合わせしていて俺は一人で歩いている」

「誰と?」

「それは分からない。ただ、どうしても会わなきゃいけない相手だ。何か……大切な用があるんだろう、少し俺は焦ってたのかも知れない」


そうだ、夢の中で俺は気が急いていた。

早く早く、相手が逃げ出す前に捕まえなければ。そればかり考えて廊下を歩いて……いや、小走りになっている。

その足元を見ると、何故か短いソックスを履いている。しかも足首が細くて華奢だ。

ギョッとする。けど、それに構わず勝手に足は動いている。

他に人影のない廊下、窓の外に広がる闇。

その暗がりの中、旧校舎から漏れる光でぼんやりと浮かび上がるピンクの花。桜か……いや、違う。あれは桃の花だ。

いやいや、ちょっと待って。

うちの学校に植えてあるのはポプラと松だけで、どちらも花をつけない筈だ。じゃ、この景色は何だ。どうして桃の花が咲いている?

慌てて立ち止まろうとするのだが、スカートを揺らして走り続けている。


……スカートだと?


驚きの余り、呼吸が乱れて視界が一変する。

はっ、今のは何だったんだ。白昼夢か?

キョロキョロと見回していると、足立が疲れたように溜め息をつく音がする。


「準備がなかったので仕方ないですね」


昨日に続いて今日までか。

どうやら今の白昼夢は足立が見せたものらしい。

恐らく俺が見た夢を花子さんが見たものを再現したのだろう。それはいい。いいのだが、180越えの大男がスカート履いて、三つ折りソックスって……ある意味、暴力としか思えない。しかも、それが自分なのだ。色々な意味でヤバい。


「なん……?」


混乱の余り苦しい呼吸で訊ねる。


「先輩の意識を花子さんに同調させました」


その言葉に少しばかり安堵する。

さっきのは花子さんの視界だったのか、よかった。俺がセーラー服着てた訳じゃないんだ……本当によかった、安心した。

でも、そんな事してどんな意味があるんだ。単に俺が冷や汗掻いただけなんじゃ……。


「じゃ、桃の花も?」

「それは先輩自身の記憶だと思います」


俺の記憶?

でも、うちの学校で桃の花なんか見た事ないんだけど。


「以前の家にあったんじゃないんですか」


足立が言うのは、祖母に頭を撫でられた家の事だろう。

でも、それ以上は考えても分からない。何しろ、それらが本当に自分の経験した事なのかどうか実感が持てないんだからしょうがない。


「男に殺されたと思っていいんでしょうね」


唐突に足立がそう呟く。その声にハッとして目の前の現実に意識を向ける。


「どうして」

「花子さんは男に捨てられて死んだって事になっているんですよね。別れ話が拗れて、男に殺されたと考えるのが妥当じゃないでしょうか」


そうなのか?

まぁ、いつの事なのか、花子さんの身元も当時の状況も、何も分からないんだ。俺たちが知っているのは、花子さんが片足を切り落とされて死んだらしい。それだけだ。

あ、厭な想像しちゃったよ。


「なぁ、ちょっと思ったんだけど……もしかして佐倉小花と花子さん以外にも殺されたって事はないよな……?」


足立の言う通り、二人の女子高生を殺したのが同一犯だとする。

動機も殺害方法も分からないが、その前提で話を進める。

そうすると、やっぱり不自然なのは時間だ。

佐倉小花が死んだのは五年前、花子さんは分からないが制服が以前のものなので、その頃とすると、凡そ二十年前。


十五年も間を開けて、犯人が再び人を殺したと?

だったら、他にも被害者がいたと考えた方が、こう……何て言うか、言葉は違うかも知れないけど納得できる気がするんだよな。


「もし、そうだとして……旧校舎に他にも幽霊がいたら先輩はまたお節介焼きますか?」


それは……どうかな。

花子さんの時は咄嗟にお守り渡しちゃったし、佐倉小花の時は計らずも成仏のお手伝いができた訳なんだけど……積極的に助けたいとは思わないかな。臆病者と罵られてもしょうがないけど、俺はやっぱり幽霊が怖い。

俺が返事をしない事で察しが付いたのだろう。足立が「大丈夫ですよ」と言う。


「旧校舎にいるのは花子さんだけですから」

「どうして、そう言いきれるんだ?」


怪訝に思ってそう問い返すが、足立は曖昧に首を振るだけで答えなかった。

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