18
教科書を読み上げる教師の声を聞きながら、溜め息をつく。
今朝も変な夢を見た。その所為で眠りが浅く、昨夜の疲れが抜けきっていないような気がする。足立の言う通り、俺に夢を見させているのが花子さんだとしたら、何が目的なんだろう。
佐倉小花のように家に帰りたいとか?
或いは他に何かさせたいのだろうか。
うぅむ。
考えてみるが、さっぱり分からない。
そんな事をしている間に授業が終わり、昼休みになる。
いつものように弁当片手に席を立つと、クラスメイトに呼ばれる。
「一年生が呼んでるぞ」
その言葉に予感がして廊下に出ると思った通り、足立がいた。出来れば会いたくなかった。
いや、会わない事にはどうにもならないんだけど、昨日の今日で顔をあわせるのは非常に気まずい。押し倒したのは俺の方なんだから悪いとは思ってるけど、その件に関してまだ混乱中なんだ、悪かったな。
それにしても、足立は目立つ。小柄だが姿勢がいい。顔の美醜は客観的に判断できるものではないのだろうけど、足立のそれは綺麗と言って差し支えないと思う。
だが、女に対して感じるものとは違う。骨格はどう見ても男のものだ。その所為なのか、凛とした清らかさのようなものを感じる。
何だろう。昨日抱きついた所為なのか、足立を見てそんな事思うなんて少し変だ。少しどころか大いに変だ。
俺の好みは女子。足首がキュッと締まった女の子がいい。網タイツとか赤いハイヒールの似合う足首とそこに繋がる脹脛!
だから違う。足立にトキメくなんてある訳がない!
「お昼、一緒にいいですか?」
上級生を相手にしている所為か、口調だって丁寧だ。でも、こっちが断るなんて微塵も思っていないに違いない。そこはかとなく生意気な気配がする。
「ああ」
頷いて風紀室に行く。
花子さん対策をするのだろう。そう思ったので、誰もいない風紀室に連れて来たのだが、生憎な事に先客がいた。
森だった。
パンを齧りながら何やら作業をしていたらしく、入って来た俺たちを見て盛大に舌打ちする。
「邪魔だったか?」
そう問い掛けると、口の中のものを飲み込んで「別に」と答える。
「そっちは一年生だよね」
森に問われて「足立正午です」と返事をする。
へぇ、足立の名前ってマヒルだったのか。これまで名前を知る機会がなかったから知らなかった。
「今朝の検査の書類作ってただけだよ。お昼食べるんでしょ、どうぞ」
そう言って手際良く書類をまとめだす。
お言葉に甘えて中に入り、適当な椅子に座る。
しかし足立は入り口に突っ立ったまま、動こうとしない。どうしたのだろうかと振り返ると、困惑したように森を見ていた。
「副委員長の森だ」
紹介してやると、やっとペコリと頭を下げる。もしかして人見知りか?
いや、俺に対しては最初から言いたい放題だったからそれはないか。じゃ、女子が相手だと上手く喋れないとか?
向かい合う足立と森を見て、それはないかと首を振る。
森は確かに美少女だが、どこか嘘くさい。やっぱり女装しているように見える。
それに比べれば足立は地味だが、綺麗は綺麗なのだ。男子より女子と仲良くなりそうなタイプに思える。
足立がチラリと俺を見る。その視線で漸く気付く。
昨日の事を話すつもりなら、第三者がいては困る。そういう事か。
「悪いが、席を外してくれないか」
森に言うと何となく察したのか、肩を竦めて立ち上がる。
「まぁ、いいけど……そう言えば教頭から苦情があったよ」
食べかけのパンを袋にしまいながら森が言う。
「旧校舎に出入りしている生徒がいるって」
その言葉にギクッとする。
忍び込んだのがバレたか?
「倉庫の荷物が動いていたらしいよ」
あ、くそ。そう言えば、佐倉小花を探して段ボールを動かしてから戻さなかったな。
でも、まさか教頭が旧校舎に行くなんて思わなかったし。
「……前に見回りした時に少し触ったかも知れない」
「何で?」
俺の言い訳に森が不思議そうに問い返して来る。
そりゃそうだ。見回りはいいとして、教材室にある段ボールを動かす理由なんてない。見て回るだけなら別に邪魔でも何でもないんだ。不審に思われて当然だった。
「僕が触って崩してしまったんです」
そう言ったのは足立だった。
「先輩と二人きりになれたから緊張してしまって……」
ん……何かおかしくないか?
俺と同じように怪訝な顔をしていた森だが、すぐに納得したように頷く。一人で分かってないで俺にも説明してくれ。
「一年生連れ込んで何やってるの」
責めるような森の言葉に心当たりなどこれっぽっちもない。何って、俺が何かしたか?
「林先輩を責めないで下さい、僕が勝手に追い掛けたんですから」
しおらしい態度の足立なんて始めて見たけど、何だか厭な予感がして来たぞ。まさかと思うけど、まさかだよな?
「誰と付き合おうと林の勝手だけど、旧校舎は立入禁止なんだから逢い引きするならよそでやりなよ」
やめおろぉ!
変なフラグを立てるんじゃない!
ただでさえ、今の俺は変なんだよ。だから、そういうフラグ立てられたら流され……いやいや、断固として流されないぞ!!
無意味な自問自答をしている間に、森は足立を見て、俺を見て諦めたように肩を竦める。
「見た目だけで言えばアリだとは思うけど、いいの?」
よくない!
何がアリだと言うんだよ。しかも、どうして足立に聞いてるんだ!
「クールな二枚目に見えるけど、かなりのヘタレだよ、コレ」
そう言いながら俺を指差す。
確かに俺はヘタレだけども!
怖がりのチキンでビビリだけども!
「そのギャップが素敵なんですよ」
足立がニッコリと森に返す。
気持ち悪っ!
『素敵』と言われたのも気持ち悪いが、足立の顔に浮かんでいる微笑みが最高に気持ち悪い!!
「他の委員には風紀室に行くなって言っておくけど、校内で変な事しないでよ」
そう言い捨てて森が立ち去る。
待て、違うんだ。頼むから待ってくれ!
そんな俺の願いも虚しく足立と二人残されてしまう。
やっぱりか。誤解をされた……いや、そう誘導したのは足立だ。
何考えてるんだ、お前。
ギロッと睨みつけるが、涼しい顔で無視しやがる。本当にいい根性してるな。
「お前、何て誤解を……」
「別に構わないでしょう。これで誰も来ないでしょうし」
立ち聞きされないためだと言うのか。本当に効率で物事を考える奴だな。
そのおかげで俺はあらぬ噂を立てられるのか……切ない。