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本当に何だ、これ。
そうは思うけど、意思を無視して俺の身体が勝手に動く。飛び上がるようにして足立に抱きつき、その首筋の匂いをスーハースーハー。何してんの、俺。
これじゃ変態じゃん!
違う、俺は決してそんな事はなくて!
そりゃ、足立の顔は可愛いなって思ったよ。でも、だからってこんな変態行為を働くような趣味嗜好は持ち合わせていない……筈!
でも、何だろうな。足立からほんのり漂うお線香のにおいってちょっと癖になる……って言うか、落ち着く?
「あ、やっぱりシロウなんだ」
再び名前を呼ばれて、そりゃもうあり得ないほど嬉しくなる。俺に尻尾が付いてたら引き千切れんばかりに振っていただろう。
「ああ、はいはい。ちょっと林先輩とかわって」
そう言って雑な手つきで俺の背中を撫でる。それに俺は悲しい気持ちになる。
何だ、これ。混乱して来たんだけど。
ここにいるのは俺、林司郎だ。そして足立が俺にかわれと言ってるのも林。じゃ、ここにいる俺は誰だ?
グルグル考え込んでると足立が俺の頭をポフポフと撫でる。
「シロウはいい子だね」
「うぁっ!」
足立の言葉をきっかけに身体のコントロールが戻って来た。慌てて足立の上から飛び退く。
あぅあぅ。どう言い訳したらいいんだ。
嬉しさの余り飛びついたのは俺。それに足立は押し倒されただけ。
ハッキリと全部覚えてる。あらぬ誤解を受けたとしても仕方ない。でも、違うんだ!
俺の意思じゃなくて……じゃ、誰の意思なんだよぉ!
起き上がった足立は乱れた前髪に手を当てて溜め息をこぼす。
ごめんなさいぃ!
言い訳のしようはなくて取りあえず謝ってみる。
そんな俺を見て「なるほど……分かりました」と呟く。
何が?
何が分かったんだ?
一人で納得してないで、俺にも説明してくれよ!
「確証はありませんが、どんなカラクリなのか理解しました」
だから、その説明をしてくれって!
そう詰め寄ろうとしたのだが、今の出来事の所為でいまいち強く言えない。
「同化してますね」
「……何と?」
急にそんな事言われても心当たりなんかある訳ない。だから距離を取ったまま首を傾げる。
「今の家がどこなのか覚えてませんか」
まるで何もなかったように平然とした様子で荷物を片付け始める。
足立が言うのが、今の白昼夢みたいなものの中に出て来た家だと言うのは分かる。だが、その所在地なんか知る訳ない。
そもそも、俺に祖母はいないし親戚もいないと思う。
いや、そうじゃない。記憶がない。
どんなに思い出そうとしても俺の記憶は小学校の高学年ぐらいからしかない。これまで困らなかったから不自然に思わなかったのだが、どうして何も覚えてないんだ。
「きっと記憶を封じられたんでしょう」
「誰に?」
「先輩のお祖母さんに」
会った事ないんだけど。
ん……会った事はあるけど、俺がそれを忘れてると?
思い出そうと腕を組んで考え込んでいると、足立が「ところで」と低い声で呟く。
「微かになので僕の気の所為かも知れないんですが」
「何だよ」
綺麗な顔が無表情だと怖いんだな。何だか人形みたいで不気味だ。
「先輩から旧校舎の幽霊の気配がしたんですけど、どういう事ですか」
どういう事って、俺にそれが分かる訳ないだろ。
反射的にそう思ってから、ちょっと待てと考え直す。
俺から幽霊の気配がしたって、何か……まさかと思うが、幽霊に取り憑かれたって事か?
サァッと顔から血の気が引く。
言われてみれば、確かにそんな気もして来る。
だって、昨日の夢で俺は旧校舎にいたんだ。でも、何でだよ。
佐倉小花は成仏したってお前が言ったんじゃないか。
そこで思い出す。
旧校舎にはもう一人幽霊がいたんだった。
二十年以上前に自殺した『花子さん』。
だからって、どうして。俺が何かしたのか?
「何か持ち出したか、反対に何か置いて来たりしてませんよね?」
そう言われて思い出す。
置いて来た。置いて来たってか、花子さんにお守り渡しちゃったよ。
もしかしてその所為なのか?
真っ青になりながらそう言うと、しょうがないとでも言うように足立が深く息を吐き出す。
「情けを掛けるのが悪いとは言いませんが、見境なくそんな事してたら身がもちませんよ」
だって、女の子だったんだぞ。しかも血だからで……何か縋る物があれば少しはいいんじゃないかって思ったんだけど……確かに足立の言う通り、最後まで面倒見られないなら同情しても意味なんかないか。
「……ごめんなさい」
シュンと肩を落として頭を下げる。それを見て、何を思ったのか。足立が「分かりましたよ」と言う。
「代わりにその花子さんを何とかしましょう」