同居2
早速だが、森が引っ越した地元へと向かう。
比与森の家からはかなり遠かったが、幸いな事にターミナル駅の隣だったので交通の便はいい。
快速に乗れば、一時間と少しで到着した。
電車を降りて、その活気に驚く。
駅そのものは小さい。だが、改札を抜けた途端、細々とした商店が立ち並び、道行く人も全員がかなり若い。
「大学が二つもあるから、そこの学生ばかりなんだよ」
俺の驚きに気づいたのか、森がそう説明してくれる。
そういうものかと思って商店街を歩くと、確かに飲食店が多い。大半が定食屋にラーメン屋、居酒屋とカフェ。カラオケにダーツ、ビリヤード。娯楽の面でも充実しているらしい。
ところどころに八百屋だの百円ショップだのが配置されている。
「ちょっと離れたところにスーパーがあってなかなか便利な街だよ」
その言葉の通り、大手スーパーの看板が見える。
「寮はあそこ」
そう言って森が指差したのは、小綺麗なマンションだった。
如何にも学生向けのワンルームといった造りで、一回にはコンビニが入っている。
「二階の角部屋だったか」
俺の問いかけに森が頷く。道路を挟んだ向かい側から、該当する部屋のベランダを眺める。
距離がある所為か、何も感じない。部屋の主である森が隣にいるのだから当然なのだが、人影が見える事もない。
「どう?」
そわそわとした様子で問いかけて来る森に首を振る。正直言って分からない。
いっそ、花子さんに見て来て貰おうかとも思ったが、意思の疎通が出来ないんだよなぁ。
どうしたものかと躊躇っていると、正午から電話が入る。
「母から伝言を聞きました。何か分かりましたか」
出かける時、夏美さんに伝言を頼んだのだった。それを聞いてすぐに電話して来たのだろう。
寮の外から眺めているが何も分かってないと伝えると、電話越しに正午が溜め息を零すのが聞こえる。
「そちらに向かいますから住所を教えて下さい」
最寄駅を告げて電話を切る。
「何だって?」
「こっちに来るらしい」
そう答えると、駅前のカフェで待っててくれと森が言う。
「ちょっと部屋に荷物取りに行きたいから」
「一人で大丈夫か」
「当たり前でしょ」
強気な返事を残してスタスタと寮へと向かう。その後ろ姿を眺めながら、そう言えばどうして森が相談に来たのだろうかと首を傾げる。
指定されたカフェに入っても、俺の疑問は氷解する事がなかった。
俺の知っている森は幽霊に怯えるような女ではない。そもそも、何かに怯える事があるのかと思ってしまいそうなほど、気が強い。好き嫌いは激しいが、すぐにそれを口にするので後々まで引きずる事はない、良く言えばサッパリとした性格。悪く言えば、分かりやすい。
そんな森が幽霊みたいなのが出るからと、わざわざ比与森の家まで来たのがどうしても解せないのだ。
つらつらと、そんな事を考えていると大きな鞄を肩に掛けた森がやって来る。
「思ったよりも遅くなっちゃった」
そう言って向かいの席に座る。注文を済ませ、どこかウキウキとしている森に抱えた疑問をぶつける。
「もし本当に幽霊だったらどうするんだ?」
「どうするって、そうだなぁ……取り敢えず家賃払って欲しいよね」
あ、うん。幽霊とは言え部屋を共有している訳だから、まぁ、森の言い分も筋が通っていない事もないのか?
「じゃ、ストーカーだったら?」
「捕まえて警察に突き出すよ」
何をそんな当たり前の事を、って目で見てるけど、もうこの時点で普通の女じゃないような気がする。
でも、それでこそ森だと納得してしまうのも事実だしなぁ。
「そんな事よりさ、林って笹木に告られたんだって?」
「は?」
話の脈絡が掴めず顔を顰めてしまう。告られって、俺が?
そして何より笹木って誰だ?
「卒業式のあとに呼び出されたんでしょ。見たかったなぁ」
言われて思い出す。卒業式を終えて帰ろうとしたところ、見知らぬ女子に声を掛けられたな。
でも、告白なんてされていない。
「べつに笹木のこと嫌いじゃないけど、林に振られるところ見たかったぁ」
「嫌いじゃないのにか?」
「好きでもないしね。私は被害に遭ったことないから嫌いではないってだけ」
「被害?」
「そうだよ。笹木はいつも彼女持ちの男を寝取るんだから」
ああ、何かそういう人種もいるみたいだな。他人の芝生は青いってやつ。
「林が正午くんとデキたって何となく勘付いたんでしょうねぇ」
その言葉に珈琲を吹き出す。デキたって、俺と正午が?
え、どうして。俺自身にはそんな自覚これっぽっちもないのに、どうして見ず知らずの笹木とやらが知ってるんだよ。
「そんなの女の勘でしょ」
お前ら女はそれ言えば男が全員納得すると思っているようだが、俺は違うぞ。
ありもしない事実をまことしやかに広めやがって……ってか、いっそのこと現実にしてくれ。その噂。
「まぁねー。卒業したら会えなくなるから最後に告白したいって気持ちは分かるけど」
「奇特な人間もいるものだな」
俺ははっきり言って女子に人気がない。
右目の視力が極端に低い所為で目つきが悪いのだ。おまけに背が高いので威圧感が半端ないらしい。
「奇特って……もしかして気づいてないの?」
「何を」
「林って人気あったよ?」
「何に」
「何って、女子に。風紀にやたら差し入れがあったのも、林に顔覚えて貰いたいからだったんじゃないの?」
そう言えば、飲み物だのお菓子だのちょくちょく貰ってたな。しかし、あれはお勤めご苦労様ですって事だろ?
「手紙入ってたのもあったでしょ」
「……あれを俺に解読しろと?」
森の言う通り、いくつか手紙も受け取った。しかし、かなりの悪筆……その上、壊滅的な日本語だった。いきなり『マジでヤバイんですけどーww』とか書いてあるんだ、何がどうヤバイと言うのか理解できない。もしも俺の事だったら落ち込んで三日は口開けないと悩んだものだ。
そんな過去の……と言っても一週間しか経っていないのだが、まぁ、思い出話をしていると、店のドアが開く音が聞こえる。反射的に目を向けると、そこには制服姿のままの正午が立っていた。