同居
卒業式を終えて、一週間ほどが過ぎたある日。
前触れもなくやって来たのは、高校時代に同じ風紀委員を務めていた森だった。
「引っ越したんだね、住所変わってたから探すの大変だったよ」
卒業式以来の再会だが、その変わりように言葉も出ない。
余りにも整い過ぎてどこか不自然さを感じさせる顔立ち。俺にはそれが女装しているように見えるのだが、今はそう思わない。
髪型は高校の時と同じだ。前髪パッツンのショートボブ。だが、色が違う。
真っ赤だ。アニメのキャラクターのように綺麗な赤色。
「ちょっと相談したい事があるんだよね。比与森くんはいないの?」
「……学校だ」
「あ、そか。私立はまだ授業あるんだったね」
そう言いながら、すすめてもないのに靴を脱いで上がって来る。
「はい、これお土産」
ズイッと差し出された物を思わず受け取り視線を落とす。
煎餅だ、落花生の。
「地元で買ったんだけど、まぁまぁ美味しかったよ」
「そりゃどうも」
くれると言うのなら貰って置く。正午から譲り受けた炬燵に足を突っ込み、電気ケトルのスイッチを入れてお茶の準備をする。
無言のまま俺の隣に正座した森が面白そうにキョロキョロしている。
「和風のお家だね」
「古い家らしいからな」
「ふぅん」
他愛のない会話をしていると、早くも湯が沸いたようだ。便利だよな、これ。
急須に茶葉を入れて湯を注ぐ。
「で、何の用なんだ」
湯のみを差し出しながら水を向けると、何故か気まずそうに俯く。ここまで図々しいほどに大胆だったのに、急に遠慮してどうしたんだ?
黙って話し出すのを待つ。一分も経たずに「あのね」と口を開く。どうやら遠慮していたのではなく、考えを整理していたらしい。
「あのね、部屋に何かいるみたいなんだ」
「何かって?」
「幽霊的な物?」
疑問で返されても何も知らない俺に答えようがない。
でも、幽霊的なって事は……何なんだ。曖昧過ぎてよく分からないな。
言った森もどこか戸惑っているようだった。
苦笑いのようなものを浮かべて、続ける言葉を探すように湯のみに視線を落とす。
「幽霊的って、幽霊ではないって事か?」
質問しながら、変な確認をしているなって自分でも思う。
でも、他に聞きようがない。開き直って森を見つめると「たぶん」と自信なさそうな返事がある。
「取り敢えず、事情を説明してくれ」
促すと「うん」と答えて暫し黙る。どう話すのか考えているのだろう。
そう思って待ってみると、やっと整理がついたのかボソボソと話し出す。
「実は私も引っ越したんだよね」
そう言えば森は他県の大学を受験していたんだったか。国立だと言う話だ。
頭が良くて何よりだ。
「一人暮らしなんて心配だって両親が言い張って……それで女子寮に入ったんだけど」
「へぇ。そういうところって本当に規則とか煩いのか?」
「そんなでもないよ。寮って言っても女性専用マンションって感じで、各部屋にバストイレキッチンが完備されてるから。ただ、身内以外の男の人を入れるのは禁止ってだけ」
団体生活という訳ではないらしい。普通のワンルームマンションみたいなものか。
「私の部屋は二階の角部屋なんだけど……そこに出るらしいんだ」
「出るって?」
「幽霊だって」
「見たのか?」
俺の質問に森が首を振る。
「見てないよ。ただ、そういう噂があるって……」
噂ごときに振り回されるような女ではないだろう。そう思って続きを待つと、躊躇うように言葉を繋げる。
「部屋がちょっと変なの」
「変って?」
「荷物が動いていたり、あと窓が汚れていたり」
「留守の間にか?」
コクリと森が頷く。
その状況で幽霊を疑うなんて森らしくない。真っ先に思うのは、誰かが部屋に入ったのではないかって事だろうに。
「あと、テレビがおかしくなったり、明け方に無言電話が掛かって来るの」
嫌がらせかストーカーか。
森が相談すべきなのは正午ではなくて警察だ。
俺の顔色から考えを読み取ったのか、森が引き続きボソボソと話す。
「嫌われやすい自覚はあるから、最初は同じ寮にいる人が嫌がらせしてんのかと思ったんだ。でも、考えてみたら引っ越したばかりで嫌われるほど口きいた人なんていないんだよね」
確かにその通りなのだろう。何しろ高校を卒業して一週間しか過ぎていない。
森の性格はかなりキツイと思うが、見た目だけで言えば……今は物凄い髪の色をしているが、高校の時は誰もが認める美少女だったのだ。
「同じ高校の人が近所に住んでるのかもって思ったけど、やっぱりいないみたいだし」
「調べたのか?」
「うん。私を毛嫌いしてた女の居場所を」
何人いたんだろう。
好奇心からそう訊ねてみたい気もしたが、相談の内容には関係がない。どうして知りたがるんだと問われたら返事が出来ない。
「じゃ、ストーカーとか」
何しろ顔立ちそのものは整っているのだ。すれ違っただけでうっかり惚れてしまう男もいるだろう。
しかし、それにも森は首を振る。
「一方的な好意や悪意を持たれた事はあるけど、そもそも寮には基本的に女の子しか入れないんだってば」
「だったらストーカーが女なんじゃないのか」
適当に言い返したらそれが伝わったのか、森がギリっと音がしそうなほどに睨んで来る。怖いよ、森さん。
「だいたいからして、どうして幽霊的なものって思ったんだ?」
「隣の部屋の子がそう言ってたのよ」
「何て?」
詳しい説明を促すと、森が思い出そうとしてか首を傾げて話し出す。
「引っ越しの挨拶に行った時に言われたんだったかな、私がいる部屋は住人が居着かないんだって。何年か前に住んでた子が部屋で自殺したらしいんだって」
「ああ、成る程」
森の説明に納得する。
どうして『幽霊的なもの?』と疑問形に言ったのか理解した。
住人が自殺して、それから誰も居着かない部屋。そう聞けば、大抵の人はその部屋に幽霊が出ると思うだろう。しかし、森は信じていない。だから疑問形だったのだ。
「それで、正午にどうして欲しいんだ?」
「プロなんでしょう。調べて貰えないかなって思って」
まぁ、プロと言えばプロだな。でも、今回の件に関して正午の調査方法は通用しないだろう。何しろ普通に歩いて見て回るしか出来ないんだから。
だったら、幽霊探知機である俺が行った方が手っ取り早い。部屋の中まで入らなくても、建物を見ただけで何となく分かるかも知れないしな。
「取り敢えず、俺が行って現場を見るか」