ダイエット2
熱弁振るっている所申し訳ないのだが、そろそろ手が辛くなって来た。
ゆっくりとこたつの天板に乗せ、「具体的にどうしろと?」と訊ねる。
わざわざメールで呼び出したんだ、重くなった体を見せたかっただけではないだろう。何か頼みがある筈……ああ、もう聞いてたな。そう言えば。
木村の愛が重たいんだっけ?
俺にそれをどうにかして欲しいって相談だっけ。
どうにかって言われても、どうやって?
猫に餌あげすぎだぞ、とでも?
言うのは簡単だが、木村がそれを聞き入れるとは思えない。アホみたいな写真を撮りまくっている所からして、猫可愛がりしているのは分かってるし。猫だけにな。
うっかり寒くなるダジャレみたいなツッコミを入れてしまう。
いやいや、それよりも修司さんの考えを変えた方が早くないか?
「太っていると何か問題でも?」
十代女子ならダイエットしたいと言うのも分かる。俺としては、そんなのしない方がいいとは思うのだが、大半の女子は痩せたいと願っているらしい。
でも、修司さんは現在猫。過去は二十代男性で、もっと前は蛇だ。
ダイエット中の女子ですらチョコだケーキだと食いまくり、理由を付けて運動をサボるのだ。修司さんが彼女たちよりも強く痩せたいと願っているとは思えない。
そこまで考えてハッとする。
猫の平均体重がどれぐらいなのかは知らないが、今の修司さんは明らかな肥満体。人間だったらメタボだ。糖尿病とか、何か病気になっているんじゃ……?
「どこか具合悪いんですか」
顔を近づけて問いかけると、丸い瞳孔がキラリと光る。
「それはないです。そもそも、私は病気に罹りませんから」
「え?」
「猫のように見えるでしょうが、猫ではないんですよ」
パチパチと瞬きを繰り返す。
ちょっとポッチャリ体型の白猫。でも、俺と会話してるし玄関を開けたのもそうなんだろう。だって、中身は神に祀られた蛇の修司さんだ。
つまり、目の前でチョコンと座っているのは、龍神……って事か?
「えっと、祟ったりするんですか?」
前の事件は龍神の祟りではなかった。それどころか、村人の子孫である木村を見守るために姿を変えてまで傍にいたのだ。優しい神様なんだ、祟ったりする筈がない。
でも、体が小さくなった分、逆に神様として強くなったとか言われても納得できる。維持する肉体が小さくなったんだ、超能力って言うか……えっと、神通力とかそういうのが強くなる事もあるかも知れない。
「しませんよ。どうしてですか」
「いえ、別に」
もごもごと口ごもり何とか誤魔化す。
頷かれても困るけど、胡乱そうな目を向けられるのも困る。正直に言ったら、それこそ祟るかも知れないしな。
「痩せなくてはいけない理由でもあるんですか?」
そう質問すると、「あるに決まってます」と言う。
どんな理由があると言うんだ。
病気になる訳ではなく、思春期の女子のようなメンタルでもないだろう。
ただの少しポッチャリした猫だ。それを可愛いと思う人もいるに違いない。と言うか、木村は間違いなく可愛いと思っている筈だ。
怪訝に思いながら見つめていると、天板の上で白猫が後ろ足で立ち上がる。
うぉ、思ったよりもデカイんだな。しかも前足を振り上げるものだから、可愛いような不気味なような……意味もなく感心してしまう。
「これ以上重たくなったらイチに抱っこして貰えなくなるじゃないですか!」
は……抱っこ?
キョトンと瞬きをする。
えー、そんな理由で俺は呼び出されたんですかー。
「一緒にお風呂に入るのもやめてしまうかも知れないし、寝る時も一緒ではなくなるかも知れないんですよ!」
あ、まだ一緒に風呂入ってる訳ですか。ってか、あんた猫だろ。嬉々として風呂入っていいのか?
「かと言って木村に注意したところで聞かないと思いますよ。修司さん……じゃなくて、リュウは出されたら食べないって選択が出来ないんでしょう?」
「当たり前です」
自信満々に答えてるけど、それが一番手っ取り早いんよ。分かってんのか、あんた。
えっと、ダイエットには食事と運動。食事制限が出来ないなら、食べた分だけ動くしかないだろ。
「運動してみたらどうですか」
「どんな運動ですか」
「筋トレとか?」
言って猫が腹筋している姿を想像してホンワカする。ちょっと可愛い。
でも、木村が見たら大騒ぎするだろう。化け猫……とは、言わないか。うちの猫凄いとか言って大喜びしそうだ。
「えっと、猫らしく玩具で遊ぶとか」
そう言って部屋の中をグルリと見回す。
猫タワーや玩具などは何一つ見当たらない。木村はこれまで猫を飼った事がないのだろう。まぁ、本性は蛇だから動いて発散させる必要もなかったのかな。
「猫じゃらしとか、そういうので木村と遊べば運動になるし、これまで以上に仲良くなれるかも知れませんよ」
俺の言葉に前足を下ろしたリュウが目をキランと光らせる。
「それです、イチに玩具を買って来るように言って下さい」
はいはい、分かりました。
ポチポチとメールを打って送信する。内容は、久しぶりって挨拶から始めて、そう言えば猫どうなった?とさりげない風を装う。
すぐさま返信が来る。猫バカ一直線だ。相思相愛だな、うん。
知り合いに聞いたとか前置きして、猫の玩具を買うようにすすめる。どうせ、またすぐに返信が来るだろうと思ったけど、それきり携帯は沈黙してしまう。
どうしたんだろう。
移動中か、或いは電池が切れたのか。深く考えずに炬燵の中で座り直す。
「イチは何て言ってますか」
「さぁ……でも、たぶん買って来てくれますよ」
「だといいんですが」
そう溜め息をついて(猫だけど)、天板から降りる。それから癖になっているのか、俺の膝の上で丸くなる。
ちょっと重たいけど、見た目は可愛い猫だし……まぁ、いいか。
暫くは無言でテレビを見ていたが、ふと思い出して鞄を引き寄せる。
鍵に手のひらサイズのぬいぐるみのキーホルダーを付けていたのだ。
それを取り出すと、リュウが顔を上げ「邪魔そうですね」と淡白な感想を口にする。
俺も邪魔かなって思ったけど、離れの鍵なのだ。落とす事がないように大きなキーホルダーをわざわざつけた。
それを鍵から外してリュウの顔の前で振ってみる。
最初は怪訝そうに反応をしなかったが、徐々にその目がぬいぐるみを追って左右へと動き出す。
チラチラ、チラチラ。
明らかに気になっている様子だ。
左右に揺らしながら床に移動する。自覚していないのだろう、リュウがそれを追うように俺の膝から降りる。
床につけたまま左右に振ると、堪らずと言った様子で前足を出す。それを避けてサッと後ろに下げる。
「にゃっ」
猫っぽい鳴き声を上げてぬいぐるみを追いかける。
出したり引っ込めたり、その都度、リュウが前足を出して戯れかかる。気分はもう猫カフェだ。楽しい。
そんな事をしていたら急に引き戸の開く音がする。それに驚いて顔を上げると、いつの間に帰って来たのか、木村が呆然とした顔で俺と白猫を見つめていた。
ヤベ、勝手に家に上がってたんだっけ。
猫に鍵を開けて貰いましたなんて言っても信じて貰えるかどうか。
どうしようかと慌てるが、木村はそれどころではないらしい。白猫の前でガバッと両手をつく。
「可愛いなぁ、遊んでたのかー」
ニコニコ笑顔でリュウの頭を撫でる。白猫も心得た様子でその手に額を擦り付けている。
さすが猫バカ。家の鍵など些細な事でしかないようだ。
そうホッとしたのも束の間。
急にクルリと振り向くと、低い声で「林ぃー」と呼びかけて来る。
「おう、どうした」
「お前、何勝手に俺のリュウにちょっかい出してんだよ」
いや、そんなつもりはないぞ。見た目は猫だけど、中身は修司さん……もとい龍神なんだ。猫の遊びが出来るかどうか試しただけだ。
「いや、暇だなって思って」
適当な言い訳を口にするが、木村はそんな事はどうでもいいらしい。
リュウを両手で抱き上げ、スリスリとその腹に頬ずりしている。
「いっぱい玩具買って来たからな。これから沢山遊べるぞぉ」
そう言って部屋の隅に投げ出したのだろう、紙袋へと直進する。ネズミの形をした玩具に色とりどりな猫じゃらし。スポンジ製のボールと爪とぎ用の板。
「随分買い込んだな」
「店の人にすすめられてさ。全部は持てなかったから配送を頼んだんだ」
すすめられるままに全部買ったのか。まぁ、木村がそれでいいならいいんだけど。
猫用なのだろう、フカフカしたクッションを手に取って一人と一匹を振り返る。
「明日にはキャットタワーも来るからな」
猫なで声とはまさにこの事だ。木村はリュウにメロメロだ。なるほど、これは愛が重いと言う訳だ。
(終わり)