10
「それにしても、」
風紀室に入りながら森が言う。
「幽霊が見えるってどういう感じなの?」
これまで正面からそういう話をした事はない。
説明するまでもなく森にはバレていたのだ。それだけ俺が目に見えてビビっていたと言うだけなのか?
「急にどうしたんだ、珍しいな」
「何かね、一年にもそういう子がいるらしいんだよ」
もしかして足立の事か?
あいつは見えるとかそういうレベルじゃないみたいだけど。
「本人が言い出したのかどうかは分からないけど、入学早々それで問題起こしちゃってね」
そう言いながら自分の席に鞄を降ろす。
「何でも幽霊とかそういうのが見えるらしいって噂になって、その所為で目を付けられてイジメみたいな事されてたらしいんだよね」
違ったか。
俺の知ってる足立は間違ってもいじめられて黙ってるような性格じゃない。
「イジメって言ってもちょっとからかわれるぐらいだったのかな。まぁ、そういうの見えるって言っちゃう子をちょっと痛いって思うのは普通だしね」
それは分かる。
俺だって自分がそうじゃなかったら、何言ってんだコイツぐらいは思うだろう。
「で、どういう経緯なのかは分からないけど幽霊がいるならここに出してみろって事になったらしいよ」
言いそうだ。どんな理由であれ、注目を浴びる存在に嫉妬する輩はいる。
だから分かる。
そう言った奴らも本気ではなかったのだろう。売り言葉に買い言葉、或いはただの言いがかりだったのかも知れない。
「それで?」
小さく頷いて先を促すと、森がサラッと答える。
「出たって噂だよ」
出たって、まさか本当に?
でも確かに足立ならやりそうだ。黙ってやられる性格じゃないしな。
「犬の吠える声が聞こえたんだって。教室にいた全員が聞いてる。でも、当然ながら校内に犬なんかいる訳ないから、言い出した連中は腰抜かしたそうだよ。で、当の本人は涼しい顔して笑ってたそうだから、お触り厳禁になったんだって」
やっぱり足立だ。
そんな状況で笑ってられる奴なんてそうそういないだろう。どうやったのかは知らないが、その場にいた全員が犬の声を聞いたのなら、それは足立が呼び出したからなのだろう。道理で友達がいない訳だ、と納得する。
「だからちょっと興味あるんだよね」
続けてそう言う森を改めてマジマジと見つめる。
そういうものが見えるとバレてから、森にバカにされた事がないと思い出したのだ。
何もバカにされたいと言うのではない。だが、普通は疑うぐらいするものじゃないのか?
そう疑問をぶつけると、怪訝そうに「何で?」と問い返されてしまう。
「見える見えないって、目がいいとか足が早いとか、そういうのと同じでしょ。別にバカにする事じゃないし、私は見えないから見える人にはどう見えてるのか知りたいとは思うけど」
森の言葉に顔を顰める。
俺は見たくて見てる訳じゃないんだ、こっちの身にもなってみろ。
それに足が早いとかと同じレベルで済ましていいとも思えない。しかも森は何やら書類を開いてるし……これは世間話か。
俺がムッとした気配を察したのか、森が顔を上げる。
「猫だって可愛いのとブサ可愛いのがいるんだから、見える見えないはただの個体差でしょ、見えない人にはどうやったって見えないんだから。見えないからって、私は頭から否定する気はないってだけ」
猫と同じか。
そう思って漸く森が女装しているように見える訳が分かる。
女らしくないのだ。
見た目は女だし、言葉や仕草が乱暴な訳ではない。しかし、思考回路や情緒が女のものじゃない。
随分と割り切った考え方をする。それが悪いと言うのではない。むしろ好ましいとすら思う。だが、一般的な女と比べてやはり情緒と言うか感情の持ち方がおかしい。
森はもしかしたら足立以上に合理的な考えの持ち主なのかも知れない。
「分からないからって否定しても、実際にいるなら意味ないでしょ。だから私に見えないものを見るって事がどういうものなのか理解した上で判断したいだけ」
「理屈っぽい奴だな」
思わずそう漏らすと、森が手を止めて「あはは」と笑い出す。
「うん、確かにそうかも。で、どんな風に見えるの?」
踏切や交差点で立ちすくむ人影、ビルから飛び降りて来るのもいる。
最近では、旧校舎で花子さんらしい幽霊も目撃している。あれはかなり強烈だった……思い出すだけで身の毛がよだつ。
「そう言えば、お守り渡したんだった」
「誰に?」
不思議そうに森が首を傾げる。
「花子さん……だと思う」
「へぇ、花子さんって本当にいるんだ」
感心したように呟いてから、「プッ」と吹き出す。
「何だよ」
「だって、変でしょ。何で幽霊にお守り渡すの」
言われてみれば確かにその通りだ。しかも交通安全。
自分でもあの時に何を考えていたのか分からない。
「ま、ご利益があるといいね」
クスクス笑いながら言われ、曖昧に頷き返す。
幽霊にご利益って、どんなだ。