8.死にもの狂いの逃走
空から女の子が降ってきた。
そんな光景で驚いているようでは、この世界の真実には近づけない。そうだよ、こんなの当たり前のことだ。だって女の子だぜ。プリ○ュアに憧れるんだ。
空を飛ぶくらい朝飯前さ。
そう自分に言い聞かせて落ち着こうとするが、そこまでいくとただの偏見だ。
扇状の前に現れた少女。
ふさっとしたツインテール。浴衣のような服は、片側が水玉、片側が無地のもの。
不思議な目。
どことなく姉に似ている。デジャブを感じた。
よく見れば棒つきキャンディーをくわえていて、右手に車を持っていた。
前者はどうでもいいとして、とにかく車を持っていたのだ。
それでも自転車のスピードを落とすわけにはいかない。むしろ立ち上がり立ち漕ぎで威嚇する。
おいおい。それ一トンはあるだろ! ええと。今のウェイトリフティング世界記録が、男子トータルで四百七十なんぼで、その片方が二百六十・・・。
思考速度が、いまだかつて類を見ない程に加速している扇状に、少女が狙いを定める。
「止まらないなら・・・」
くわえていたキャンディーを手に取り、構える。
「天誅―――――!!!」
投擲してきた。
!!!!
彼女の投げたキャンディーが前輪に上手く絡まり、ストッパーの役目をして自転車を止める。俺は急に止まった自転車に、体を投げ飛ばされた。
宙を体が舞う感覚に恐怖し、頭が真っ白になった。
キャンディーも武器かよ。
頭を抱えて地面に落ちた後、すぐに起き上がって少女から逃げるように全力で駆け出した。吹き出るアドレナリンにより、痛みは感じない。
一拍置いて、後ろから爆音と衝撃が伝わる。振り返らなくとも分かる。あの車が降り下ろされたのだ。飛び散るガラスやひしゃげる鉄の音が、聞こえる。
あの場にいたらどうなったんだろう。そう思うと今にも足が竦みそうになる。
俺は歯を食い縛って走り続けた。
それが悪かった。
彼女をやる気にさせた。
『逃げるようなら殺せ』
彼女は、そう上から命令されていた。車を握り直して、クラウチングスタートからの加速。そして加速ですぐさま追い付いた。跳躍。
少女は叫ぶ、
「ストロングアーム! カークラッシュ!!」
ださっ。
その手を振り上げて、今にもさっきと同じように降り下ろしてきそうだ。少女は扇状を睨む。
ああ駄目だ。死んじゃう。一瞬でそう思った。
だってもう間に合わない。こいつには何いっても通じなさそうだ。何しても助かんない。
そう頭で理解すると、日常に戻るのが、彼の生き方。姉とのやり取りが再開する。
「いや、そんな攻撃止めろよ。何時だと思ってんだ」
そう言った、それで助かった。少女はなにもすることなく着地する。