14.物語は始まってもいなかった
組織からの迎えのリムジンがきたので、俺を含めた三人はそれに乗り込む。そして俺にとっては初めていく場所。彼らの本部に向かう。
と言っても、この組織が拠点として生活する場所は、三ヶ所らしい。
案外少ない。
それはさておき。
こうして、古乃華明所のの物語は、一区切りを終えた。
早いな、そう思うかも知れない。
仕方ない、モブだ。もう会うこともないだろう。俺はこいつと仕事をする気はないし、この仕事をする気自体全くない。関わると引き返せない世界なんて、片足突っ込むので十分だ。
もう充分関わっている気もするが。
任されたことを途中で投げ出すのは、少しだけ。ほんの少しだけ、良心というものが痛むが、だからといって、じゃあやりますなんて簡単に受ければ、死を近づけることになる。
さっきあれほど見てきたんだ。もうお腹いっぱい。
隣に座っている古乃華からすれば、お腹いっぱいなんてレベルではないのだろうが。
救ってもらえただけ感謝しろ。塞翁に。
「ひつじがぁ~~、一匹。ひつじがぁ~~。はぁ、ひつじがぁ~~、一匹」
「一匹しかいないじゃん」
「うーん。そうだね」
「それ寝る前にしか言わねえよな。寝る前も言わねえけど」
「うーん。そうだね」
「いい、お父さんだったな」
「うーん。そうだね」
「お前バカだな」
「うーん。そうだね」
「納豆とミカンとシメジって合うよな」
「うーん。そうだね」
「合わねえよ」
「うーん。そうだね」
俺、隣に古乃華。古乃華の向かいに間谷さん。 という座りかたで座ったはいいものの(良くない)、会話は成り立たない。
どう話しかけても、古乃華からの返事は、「うーん。そうだね」、の一択。
多分全く聞いてないだろう。それでも、俺はこのトコロテンに話しかけ続けた。
たまには返答が返って来るようなこともある。
「お、棒つきキャンディ置いてる。食うか?」
「いる―」
「待てよ、袋取り外すから。よし」
「パクっ」
「・・・自分で持てよ」
「うーん。そうだね」
・・・。別にリムジンに乗り込んだから打ち解けたわけではない。
新聞を読んでる間谷さんも、読んでるふりかもしれない。落ち込んでいるふりを、バカなふりを、古乃華はしているだけかもしれない。
「ぷっ、くっくっくっ」
「はなびずっ、ティッシュ」 ズビーッ。ズズ。
ふりを、している、かも?
× × ×
もうそろそろ着きますよ。と、ドライバーが告げてきた。
それを待っていたかのように、間谷さんは俺に話題を振ってくる。
「あ、そうそう。これから本部で君の『力』を覚醒させるけどさ、その前に何かしたい?」
「そうですね。眠たいしお腹も空きましたね。えっと・・・」
「じゃあ明日にするかな。覚醒も説明も。部屋に案内するよ」
妙に気前がいい。
「心配するなよ、罠でも何でもない。歓迎してるんだ」
心を読み取られたようだ。
ひどく不気味ではあるが、もはや疑う気力は残ってない。眠たい。
隣で古乃華もうとうとしている。
「それと、これは先に伝えておくよ。君はきちんと元の生活を保証される。まあ、仕事ありきではあるし、監視役を転校生として入学させるけど。いいよね? 彼女には、今まで君のような人間を組織に入れるために伏せていたカードといってもいいくらいに仕事与えてないからね。暇なんだ」
暇とかそういう感覚ではないと思うけどな。
「とても賢い子だよ。もっとも、我々も手が余るくらいにね」
間谷さん達が、手にあまるのか。何その子。核持ってんじゃないの?
彼は伝えたいことを伝えると、満足したかのように視線を新聞に戻す。
聞きたいことが沢山あるが、まあ仕方ない。知らない方が良いこともあるし、知りたくないことも山程ある。例えばこんな職場とか。
ご職業名はなに? 職質大丈夫?
俺の心配をよそに、リムジンは目的地に到着した。
本部は、一見ただのホテルだ。妙に周りが木ばっかだなとおもったら、ここは山だった。山ばっか。
ホテル内に入ると、小さいバッチのようなものを付けられた。これを付けていると、ホテル内で襲われることはないらしい。カードキーを受け取ると、自分の部屋に直行した。
すれ違う人の中には、こちらをじろじろ見てくる人もいたが、構わず歩く。
俺の部屋は六階と、少々高めなので、エレベーターを使う事にした。
ボタンを六階と入力し、ドアを閉める。
間谷さんと会ってから、電子機械恐怖症になることも懸念されたが、それは特になかった。
しっかり六階につくと、ドアの番号を頼りに俺の部屋を探す。以外とエレベーターに近かったので、助かった。別に逃げようなんて思ってもないが。本当に逃げるんなら、電子機械的なものを避けて逃げるべきだ。
エレベーターとか檻。
カードキーを差し込み、ドアが開くと、ある場所に向かう。
× × ×
しまった。お風呂なんて入るべきじゃなかった。心からそう思う。
眠気が飛んでしまって寝付けない。ベッドの上で正座しながら頭を抱えた。
「羊が一匹羊が二匹羊が三匹羊が・・・。これ全然眠れねえ!!」
煩いぞ!
隣から怒鳴られた。
「すみません・・・」
小さく呟く。今から寝る人もいるんですね、大変です。
形だけでも寝ようと、ベッドに潜り込んで目を瞑る。
ふと、姉のことを思い出した。びっくりするだろうな。急にいなくなったんだから。一応書き置きしてきたから問題ないはず。
日常に戻れるとは聞いたけど、果たして本当に戻れるのか。戻れたとしても、今までと全く同じという訳にもいかないだろうし。
なにせ監視役をつけるとのことだ。
そいつが面倒ごとを起こさなきゃいいが。
目を閉じていると、うとうとしてきたので、その眠気に身を任せてやっと――――。
こんこん。
ドアをノックする音が聞こえた。
返事はしない。もう寝る。
こんこん。
ダメむり。
「・・・扇状さん。起きてる?」
古乃華だった。
「・・・。超起きてる。なんだ」
「あのね、扇状さ、ううん。お兄ちゃんがいないと眠れない。一緒に寝ていい?」
「ガキかよ。自分一人で寝ろ。さっきうとうとしてたろ」
「それは、お兄ちゃんがいたから、だよ」
なんだこいつ本当に十二歳かよ。精神年齢止まってんじゃねぇの。
せっかく人がいい眠りにつこうとしていたのに全く常識も知らんのか。
文句をたらしながらベッドから起き上がり、ドアのほうに向かう。
「お兄ちゃん開けて、廊下暗くて怖いよう。ほんと怖い」
「待てよ今開けるから」
チェーンを外し忘れてドアを開ける。
それが良かった。
勢い良く扉を拳が貫通する。
たるんでいるチェーンが衝撃を分散して、ドアが吹き飛ぶことはなかったが、驚いて尻餅をついた。
続いてチェーンを引きちぎる。
お隣さんは、今度はなにも言わない。厄介ごとに首を突っ込みたくないのは、裏の世界も表の世界も同じようだ。
彼女はゆっくり部屋に入って来る。
「扇状さんが、あんなこと言わなければ、お父さんと最後までいられたのに。まだ間に合ったかも知れないのに!!」
ヒステリックにわめき散らす古乃華は、ドアを四分の一に引きちぎって振りかざす。
「待ってぇぇい! それは死ぬ死ぬ!」
「だって殺す気なんだもん。さようなら扇状さん」